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2013年7月13日

ロック・オブ・エイジズ(2012)

- トム様に喰われた  -

人気ミュージカルの映画化作品。ロスのロックパブを舞台に、歌手を夢見る若者カップルと、彼らを取り巻く人間達を描く・・・

・・・ロック・オブ・エイジズ。意味としては、俺達の~我々世代のロックまたは、多くの世代の=永遠のロックといった意味合いだろうか?どちらでもいいとは思うが。

人気の出た舞台劇では、おそらく本物の歌手やダンサー達が演じていたはずだが、この作品ではトム・クルーズが奇怪なキャラクターを演じていたために、彼の映画になってしまっていた。トム様のシャウトはサマになっていて歌も上手いので、確かに役柄に合致していたとは思うが、本物の歌手の迫力は感じなかった。本物を出しても良かったのでは?

体格の面で、トム様は良くなかった。本物はもっと痩せているイメージがある。エアロスミスのヤクにはまったメンバーや、KISSの特殊メイクの連中が最もイメージに合致している。

演技は期待しなくて良い。とことん狂ったヤク中のまま、または特殊メイクをしたまま一日中過ごすなど、とにかく狂った様子をそのまま演じてもらえば良い。セリフも最小限にして、歌のシーンは派手にという方針でいい。音楽の映画だから、音楽は本物でないと話にならない。

主人公に相当するのは、田舎から出てきた歌手志望の娘と、店で働きながらチャンスを待つ若者。娘役はカワイコちゃんで、歌唱力も立派なものだった。既にダンスや歌の世界では有名なタレントらしいが、ミュージカル映画で充分に主役をはれるだけの能力を感じた。

ただし、なぜだか解らないが一発でファンになるような強烈な魅力は感じなかった。「グリー」の出演者達のほうが魅力的には上ではないか?演出側の問題かも知れないが。

トム・クルーズが美味しいところを持っていってしまって、若者達に焦点が集まらなかった印象がある。映画を売るためには大スターに登場していただく必要があったかもしれないが、全体のバランスを考えたら若者のシーンにスポットライトが当たったほうがいいはず。どう考えてキャスティングしたのか?

極端な個性の破滅的人物が大物ロッカーを演じるのは必要。でも、大物スターである必要は必ずしもない。コメディアンのほうが良い。痩せぎすで異常そうな、いかにもヤクをやってそうな人物が笑いをとりながら怪演したほうが絶対に良いと思う。映画の企画力に問題があった。

共演していた記者役の女優は個性的な顔とスタイルの良さが目立ち、存在感が抜群だった。いっぽう、アレックス・ボールドウィンは役柄に合ってないような印象を個人的には受けたが、キャスティングされたのはなぜだろうか?

曲もいろいろ出てきたが、日本とアメリカでのヒットの仕方が違うらしいので、知らない曲もあった。「ドント・ストップ・ドリーミング」は「グリー」のテーマでもあるが、この作品でもメインの曲になっていて、どうしてこんなクサイ歌詞の曲に皆がそれほど感動するのかと驚く。この曲の健康的な歌詞は、ロック全盛期の時の風潮とは全く異質なものだと思う。

むしろ「グリー」のような振り付け、映像のほうが印象に残るのではと感じた。ロックは本来が決まった振り付けに従うポップ調の音楽とは趣向が違い、自由で枠にはまらないスタイルの振り付けが似合う。ロックミュージカルの場合は、演出を相当練らないと間が持たない。

ロック全盛期。気が狂ったように叫ぶ歌手に大勢のファンが喝采を送った時期があった。歌詞は理解不能だったが、何か哲学的な内容を歌っているような印象。歌というより叫びが中心で、ギターが壊れるくらいに暴れないと、一人前のロッカーではないというワケの解らない風潮があった。あれは何だったんだろう?

一昨年だったか、ビートルズのアルバムがリマスタリングされた際、久しぶりに通して聞いてみたが、初期は甘い恋の歌詞や軽快さが売り。でも徐々に奇抜さを追求する姿勢が目立ち始め、やがて収拾がつかなくなって違う世界に入って行ったように感じた。同様な変化が多くのミュージシャン達にも起こって、流行になっていたんだろう。

何か特徴を出さないと売れないし、パフォーマンスにも工夫が必要。大人しくギターを弾くだけでは飽きられてしまう。特殊なアレンジには、特殊な思考パターンが必要。そして時には薬物が・・・自然な流れだったのかも知れない。

麻薬の話は出ていなかったが、おそらく上映中止を避けるために意図して外していたんだろう。トム様のアル中ぶりは酷かったが、普通あのような生活を続けていたら、体型が狂ってトム氏のような体にはなっておれないはず。そのへんも問題だった。もっと完全に病的であるべきだった。

 

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