映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 白雪姫と鏡の女王(2012) | トップページ | デンジャラス・ラン(2012) »

2013年6月 1日

世界にひとつのプレイブック(2012)

Twc

- ダンスは・・・ -

プレイブックとは何か?観た後も判らなかった。作戦計画書という意味らしいが、映画のセリフに出ていたかどうか覚えていない。原題のSilver Lining~は、銀色の裏地の意味で雲の裏側や縁の輝く部分のことらしく、試練を脱する光明といった意味らしい。日本語にしにくいタイトルだった。

良い話だった。精神障害を来たすほどのショックを受けた男女が、再生、復活を目指す物語で、テーマが素晴らしいし、好転~また悪化といったドラマの流れも見事だったから、ほとんどの観客が飽きないはず。

子供にはあまり見せられない内容だったとは思う。聴き取れなかったが、おそらく言葉も汚い。でも恋人と観るのは悪くないはずで、そのためにヒットできたのかもしれない。やはりデートで観れない映画は、基本的にヒットしないはずだから。

この作品は相当ヒットしたそうで、アカデミー女優賞も獲得し、高い評価を得たのだが、私にはセンスが充分理解できなかった。最後のダンスに期待しすぎてしまったからかも知れない。もっと上手いと思っていたのだ。でも、話の中心はダンスではなかったので、最初から期待していなければ満足したのかも。

もしダンサーがヒロインだったら、最後に感動がもう一段と味わえたのではないだろうか?ダンサーには、ジェニファー・ローレンスほどの演技派はそうそういないだろうから、よほど頑張ってオーディションを開かないといけないだろうが、多くのタレントがひしめくアメリカだから、きっと隠れた才能がいたはず。ミラ・キュニスなど考えなかったのだろうか?

最初からダンスには重点を置いていなかったのだろう。この作品の見どころは、主演の二人の異常な会話、意見の食い違い、口論。ともにエキセントリックなキャラクター同士が登場するのだから当然。思いやりのある人物が、片方を再生させる旧来の設定ではない。たぶん、そこが新しい魅力だった。

ジェニファー・ローレンスは確かに表情が冴えていた。怒った時の雰囲気は実にリアルで、迫力が素晴らしい。はっきり言って悪役の顔。ダンスは本格派ではないように感じたが、セクシーで、ヒロインとしての充分な魅力を感じた。個人的に、本格的ダンスを期待してしまっただけ。

泣けるほどの名演だったろうか?私には解らない。女ジェームズ・ディーンのようなヒネた個性を上手く表していたことは間違いないが、アカデミー賞に相当するのかは疑問。

主人公の母親役は大変な好演だったと思う。あんな役をやるために生まれたかのような、そこにいるだけで名演になりそうな女優だった。

主役のブラッドリー・クーパーは目つきを変えて演じていたようで、こちらも非常にリアルだった。もっと考えがまとまらなくて言葉につまってしまうような話し方をしても良かったような気はしたが、たぶん本物の躁うつ病患者を再現してはいたのだろう。もっと朴訥そうなキャラクターの俳優がキャスティングされても良かったような気はしたが。

そう状態の場面はなかったように思ったが、典型的なそう状態がはっきりしない患者さんも多いらしいので、この作品の演技は自然だったと思う。ただし、際立って感動するほどの迫力は感じなかった。彼に思い入れるのは、女性か患者だけでは?

ヒロイン独特の言い回しが手紙の中にもあったことに主人公が気がつくシーンがあったが、あのシーンは夜の玄関口のライトの中だったので、表情が見えにくく中途半端な演出に思えた。理解できないままの観客が居たかもしれない。また、気がついた後の主人公の反応は大事だが、あっさり次のシーンに移っていて、少し手順に関する疑問を感じた。

もっと話を奥の深いものにすることもできたのではないかと気になった。主人公のキャラクターも、もっと違ったものがあっても良かった気がする。毒舌めいた質問、思いやりの欠けた会話が必要なのか判らなかった。暴れると手をつけられないが、普段は極端に自閉的な傾向が目立つ個性でも良くはなかったろうか?そのほうが共感を得やすいと思ったが・・・

ドラマの見すぎで私がそう思うだけかも知れないが、おそらくアメリカでは暴力沙汰などで保護観察、近寄ることの制限などの法的な規制に入っている人間は多いと思う。薬物依存症も、おそらく日本より深刻な数いるだろう。

苦しむ人たちが光明を目指して戦略を練ることに、多くの人達が共感するのだろう。口論好きな人も日本より多いはずだし、日本より問題が深刻な分だけ、共感も深いはず。きっとあちらの劇場では感涙、喝采が繰り返されたに違いない。日本では、ちょっと真面目なラブストーリーといった風に、受け取られ方の違いがあるように思う。劇場ではそう感じた。

ダンスは、リハビリや立ち直りに関する効果を持っているように感じる。「ステップ!ステップ!ステップ」の影響かもしれない。あの作品で私が共感したのは、たぶん単純に生徒達のダンスが上手くなって感動できたからだ。練習して上手くなり、工夫して話し合う、その中で得るものがあり、成長や学習、癒しといった方向に人を向かわす、それを感じることができたから。この作品では、そのせっかくのチャンスを逃していた。

教育界も効果に注目して、ダンスの必修化をやらかしたようだが、日本の風土などを考えるとハイヤのような伝統的踊りを必修しても良かったのではと思う。少なくともヒップポップ系のダンスより、フォーマルな社交ダンスのほうが効果はあるはずと思うが。

 

 

« 白雪姫と鏡の女王(2012) | トップページ | デンジャラス・ラン(2012) »