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2013年6月 7日

小(仔)鹿物語(1946)

Mgm

- まさに名作 -

フロリダに入植した親子の物語。厳しい環境の中、作物の不作、クマの襲来、友人の死、父親の怪我など次々と事件が起こる。主人公の少年が飼っている仔鹿も事件を起こす・・・

DVDで鑑賞。画質は良くなかった。今、この作品の権利はMGMから移っているそうだが、どこか権利を持つ会社がリマスタリングしてくれてもいいような気がした。

まさに名作映画だと感じた。健全な精神、穏やかなユーモア、冒険精神、変に演出されないサスペンス、親子の心の交流、子供の成長など様々な要素が散りばめられた作品。小鹿物語と書かれていたり、仔鹿物語になっていたり、統一はされていないようだ。元々は児童文学小説が題材になっているという。

児童文学・・・小学校時代にかなり読んだ記憶があるが、おそらくほとんどの話はキリスト教精神が根底にあると感じた。布教の意図もあって、たぶん教会関係の児童預かり所や、図書館の児童書コーナーあたりに置かれている本。教育上の観点から申し分ない物が選ばれているのだろう。子供ながらに嘘くさい部分が気になり、やがては読まなくなった。でも、この映画を観ると、確かに良い話であることを再認識。

原題のyearlingは、飼育馬などの用語で1歳以上~2歳未満の時期を差すらしい。父親が主人公に、君もyearlingなどと話していたようだったが、鹿にとっては子供から青年になる時期を意味するのだろう。小鹿物語のほうがずっと印象に残るタイトルだと感じる。

名作だから家族で観て良い作品だと思うが、やや画質に難があり、このままでは鑑賞に耐えられるか不明。恋人と観る作品としては、さすがに児童文学的なテーマが場に不向きとなる印象。

主人公を演じていたクロード・ジャーマン・Jr.が実に可愛らしい。美しい顔立ちをしていて、女の子のようだ。青年期以降は子役時代の魅力はなくなっていたようだが、この作品だけで充分に心に残る名優だったと思う。

子役が非常に可愛らしいと、それだけで彼の身に悪いことが起きないか心配してしまう。頑張っていると応援してしまう。彼のビジュアル面の力は、作品に対する貢献度が高かった。

ただし、やや演出過剰ではあったと思う。原野を鹿と駆けるシーンでは走り方が妙だし、セリフの言い方は、いわゆる子役のブリッコ的話し方のまま。表情も大げさ過ぎるので、最近の子役と比べればレベル的に劣ると思う。当時の演出と観客相互の約束みたいなもので、仕方なかったと思うが。

父親役のグレゴリー・ペックは怪我したり、猟に失敗したり、散々な農夫だった。あんな調子では、あの農園はやがては荒れてしまうか人の手に渡ったろう。でも、子供にとっては理解のある魅力的な父親だった。それが実に上手く演じられていて、好感を持たざるを得ない。

母親役がまた実に素晴らしかった。厳しい表情を崩さず、子供を躾けようと努力するが、子供の危機に及んで遂に感情を露にする役割が、絵コンテに描いたような見事な表現で演じられていた。美人とは思わなかったが、舞台演劇などで実績がありそうな実力を感じた。

舞台風と言えば、登場人物すべての演技が舞台風だった。互いに何か語り合うシーンでは少々間が長すぎて、リアルではなかった。ジャングルや川べりを歩むシーンは良い場所を選んであったようで、ロケとスタジオ撮影が見事に組み合わされ、照明などの技術が高そうなことが解った。

開拓時代には、屋外で靴を履かないのが普通だったのだろうか?ちょっと信じられない。森を歩くなら、通常ならトゲや切れ株など、ケガの元がたくさんあったはず。いかに貧乏とはいえ、靴がないと大怪我してしまう。少年が裸足で走っていたのは理解できない。

フロリダへの開拓の話は自分には珍しく感じる。開拓と言うと、西部劇などでお馴染みの中西部が舞台となることが多い。ジャングルよりも砂漠か草原。インディアンが登場するのが定例。鹿とともに走るなんて、珍しい話だと思う。

ワニなどがウヨウヨしている地域のはずだから、子供が川辺で遊ぶなんて危険過ぎる。簡単な柵だけで畑を仕切っても、鹿や小動物が直ぐに食い荒らしてしまうのは当然のこと。私の田舎でさえ、よほど厳重に囲わないとタヌキやイノシシなどが作物を全滅させてしまう。ジャングルの中で、映画のような畑は信じがたい。

鹿を飼うことが最初から考えられない。畑を荒らされることは事前に予想できる。首輪などをしないかぎり、絶対に飼育を許可できないはずで、それこそ家族全員の命に関わる話。よほど知識のない夫婦でないと、こんなストーリーがそもそも生まれ得ないことになる。やはり児童文学に限定されたお話というわけだろう。

我が子の精神的な成長が気になる。この主人公の少年のように気の効いた印象は全くない。家で寝転がってテレビやマンガを観るのが常だし、手伝いをほとんどしない。母親とは友達のように仲良く話しているが、会話のレベルが低い。芸能ネタやバラエティ番組の批評など、実にガッカリする内容。

映画の母親のように厳しくしろとは言わないが、バラエティ番組が会話の主題になってしまうような事態は、さすがに卒業して欲しい。母親も子供も、双方がそうなる必要を自覚して欲しい。子供のままの考えでは、フロリダの原野でなくとも危機に対処できないだろう。彼らの将来を危惧している。

 

 

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