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2013年5月 5日

人生の特等席(2012)

Warnerbros

- やや出来すぎ -

球団スカウトを長く勤めてきた主人公だったが、引退を迫られる。疎遠だった娘が心配して彼の出張に同行する・・・

・・・主人公のイーストウッドの顔が素晴らしい。好々爺の正反対ぶりが徹底していて、好感を覚える。皮肉たっぷりのジョーク、骨粗鬆症をものともしないで若者を殴る勇気にも感心した。主人公が魅力的になれば、作品の成功は疑いない。好印象の作品だった。

後期高齢者の主人公が現役スカウトであって良いのか?やや無理を感じた。クリント・イーストウッドは撮影当時81歳。もし役柄のように毎日のようにバーで飲んでいる生活では、脳にダメージがないはずはないが・・・でも、かって荒野のガンマンだった時代の体力があるから、イメージでなんとかなっていたのだろう。

本当に80代の現役スカウトがいるのだろうか?それとも設定は70歳くらいか?あちらでは、おそらく映画でも言っていたようにパソコン片手の数学者みたいな連中がスカウトマンの主流だと思う。珍しい例を除けば、概ね計算通りの結果が出るはず。残念ながら、それが現実だろう。でも、例外を扱わないと物語にならない。

原題が‘カーブが苦手’といった意味らしい。普通、高校生の投手でも、速球を打たれたら変化球攻めするに違いない。相手がカーブが得意でないことくらい、すぐ解る。だから、映画のように極端に変化球を打てないってことはありえない。

弟と練習していた兄のボールを見て、良い球と気がつきスカウトする?プロレベルの球は、高校生でも取るのは難しい。小さい弟では練習相手になりえない。怪我するはず。話が出来すぎていたように思った。

そんな設定の甘さが気になったが、全体として良い作品だった。ストーリーは王道を行っているし、役者達が非常に魅力的な人たちばかりで、観終わった後の気分も良い。子供には面白くないだろうが、大人ならそこそこ楽しめる良質の映画。

イヤミな同僚を演じたマシュー・リラードという俳優は、イヤミ専門で様々な映画で見る。CEOを目指していると口にするなんて、いくら何でも酷すぎると思うが、この作品の場合は仕方ない。笑い方や話し方、総てがイヤミで実に素晴らしい個性。

ジャスティン・ティンバーレイクが元ピッチャーでヒロインの相手役という役どころだったが、元野球選手という雰囲気は全くなく、役柄とイメージが一致していなかった。彼の歌もそんなに印象に残っていない。アイドルグループ出身のタレントのようにしか感じない。

でも、この映画の中ではかなり魅力的。役柄が良いこともあるのか?実に良い人物。アナウンスの練習で悦に入ってしまうお笑いや、大リーグのトリビアクイズでヒロインに負けてしまう姿など、共感のツボを得ていた。それでも、プロスポーツ選手だった人間の持つ体力的な迫力、誇りと喪失感のようなものが滲み出ている印象は感じられなかった。本職の役者との違いではないか?

もしかして、彼が深い悲しみを表現し、主人公への感謝や友情、ヒロインへの献身的な愛情をギャグ抜きで表現していたら、主役を食ってしまうことになるが、作品のレベルが非常に上がったかもしれない。もっと無骨な印象の役者ではどうだったかと、ちょっと思った。無骨で不器用な若者への同情が、作品への共感につながると思うのだが・・・

主人公に関しては、最初から観客の共感を得る事が決まっている。仕事上のピンチ、娘さんとの諍い、嫌な同僚など、良い条件ばかり。主人公の比重を少しばかり青年に分けて、バランス的に三等分になるように重点を配分したら、観客の印象はきっと違っていたと思う。ただし、それは冒険。青年が上手く演じられないと、作品自体が大失敗に終わる危険性もある。

エイミー・アダムスは本当に素晴らしい女優。目に力があって、いろんな役柄に対応できる能力を持っているようだ。派手ではないが、美しい一般女性という雰囲気。娘さんを演じるには少々無理が感じられる齢のはずだが、今回の作品では違和感を感じなかった。

彼女は今もスターだが、まだ一般のイメージでは大スターになっていない。大作の主人公に次々出ているわけではないし、色気を前面に出していないせいか?クールな美女を演じるより、邪気のない一般庶民の女を演じることが多かったからだろうか?もっと齢をとって悪女を演じるようになったら、メリル・ストリープのような誰でも知ってる大スターになるかもしれない。演技力は確かなものらしいから。

自分が引退を迫られる時期になったら、どう感じ、頭を整理し、どう行動するだろうか?よく解らない。

自分の今までの人生は、残念ながら大成功ではなかった。医者にはなったが、山中教授のような大研究をしたわけじゃないし、テレビ出演をするような名医でもない。大儲けの流行医者でもないし、誇るものがない。第一級のスカウト・・・そんな称号がない。ただ、ほとんどの医者がそうだ。普通の教授でも、山中氏ほど成功していないのだから。

いざ、自分の視力や体力、頭がついていかない、このままでは患者さんに迷惑をかける・・・そんな時期になったら、非常に悲しい気分になることだろう。すんなり諦めがつくだろうか?まあ、諦めないと仕方ないのだが。

知り合いの老開業医、80歳くらいで病院をいったん譲り、あらたにビル診を始められた方がいた。数十年間診ていた患者さんが多少は来てくれてたようだが、しばらくして閉院していたところを見ると、成り立たなかったようだ。病気されたか、経営的な問題かは知らないが。

老先生から患者さんを取るのは気の毒なので、当院に来たいという患者さんに、「状況を解っている先生の許可を得てください。」と言ってみたところ、後日先生から直接お話があった。その治療内容は思い込みに満ちたものだと感じた。私もああなるのだろうか?

冬場にインフルエンザなどが流行る時期、外来の途中で体力的にきついと感じることが増えた。30代の頃は、数人の患者を同時進行で合計80人近く診ることができたが、院内の狭い空間を移動して数人診療するだけで、どっと疲れてしまう。

論文にはなるべく目を通し、おかしな治療をしないように努力したいと思ってはいるが、理解力が充分かどうかは私自身には解りようがない。読める文献にも限度がある。大きな勘違いがないといいがと願いつつ、そんな保証があるはずもないと怖ろしく思う。

「あんた、大間違いをしている。医者辞めろよ。」と言われないか、気にしている。実際に、同僚の先生が患者さんの家族からそう言われているのを聞いたことがあるが、明日はわが身。懸命にやっても結果が付いて来ないことはありえる。潔く身を引けるのだろうか?

勤務医だったら、退職して施設の顧問等を勤め、年金生活に入ることがレールのように決まっている。引退は退職とおよそ等しいから解りやすい。開業医の場合は、いろいろ考えられる。徐々に休みを増やしていくこともできる。

大きな病院を建てなくて良かったのかも知れない。2億くらいかければ、それなりに立派なクリニックになり、患者さんも集まるし、忙しく充実した生活になる。でも、既に2億くらいでは費用対効果が下がっている。市内で発展できるのは、もっと大きな金額を投資した医院だけだ。2億くらいだと、借金返済が主目標になってしまう。逆にチンケなクリニックで細々開業すると、その辺のリスクが下がる。

大きな病院の閉院も多い。古い病院が、かって立派だった時代を思い起こさせるような姿を幽霊屋敷のように変えて、気味の悪い姿をさらす。私が引退したら寂しく閉院することになるが、チンケな分だけ幽霊屋敷の度合いも軽くて済む。

もし今後、クリニックを発展させる方向に決まったら、おそらく若手の先生に院長をやってもらい、自分はパートナー程度の身分になりたい。建物を建てるのは無駄。テナントを借りながら、複数の医者が弁護士事務所のように半独立して共同経営するスタイルが好ましいと思う。

特等席の人生にはならないだろうが、背伸びは危険だし、諦めも必要。ああ、年寄りくさい。私は昔からそうだった。

 

 

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