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2013年4月 1日

シュガーラッシュ(2012)

Disney
- 実に適切 -

ゲームの世界の住人達の中で、主人公は悪役として蔑まれていた。ヒーローになりたいと思った彼は、別のゲームでメダルを獲得するが、それによってゲームの世界全体が危機に瀕してしまう・・・

ディズニー映画の伝統を感じた。斬新なアイディアによる展開、しかし安心できるテーマ、健康的で普遍的な観念に基づいたストーリー、まさにディズニー映画だった。

悪役は確かにいた。しかし人を殺すような役ではない。むしろ、ギャグの中心を演じるような愉快なキャラクター。パロディ、真似が満載だったが、いずれも一定のルールに基づき、笑える程度の皮肉、大人しい真似に終始し、辛辣さはない。伝統に乗っ取っている。

ゲームの知識がないので充分には理解できなかったが、それでも楽しめた。ちゃんとゲームを知らない親の世代のことも、ディズニー映画は解っているのだろう。見たことはあるけどキャラクターの名前は知らない人のために、表現を解りやすく調整していた。ソツのない演出だった。この作品は、ほぼ間違いなく誰でも楽しめそう。大人子供、性別に関係ないオールマイティーなディズニー映画そのもの。

「ストリートファイター」シリーズは知っている。見ることはあるが、やったことはない。スーパーマリオも同様。あんなゲームは、よほど時間がないとできないし、オジサンがやると恥ずかしい。やがては60歳のオジサンが素晴らしいテクニックでゲームする時代も来るだろうが、今はまだ恥をかく場合が多いだろう。とにかく時間がないから、自分でゲームすることは考えられない。

医学論文ではゲームに関して良い話を聞かない。ゲームの時間が長くなると一種の中毒になるようで、実生活に向かない精神神経の状態が出来やすい傾向はあるようだ。ギャンブラーに近い依存状態、特異な方面への異常な興奮、視力の減退、聴力への影響もおそらくあると思う。

ゲームの世界を扱うというアイディアが良かった。今までもあったかもしれない。おもちゃ~人形の世界を扱った「トイ・ストーリー」があるのだから、当然考えが行くだろう。問題はゲームのキャラクターをどう活躍させるか。この作品はキャラクター同士の絡み、扱い、ギャグの入れ方などに関して職人芸のような適切な判断がされていた。

たぶん、ディズニーのスタッフは伝統によって自分達に求められるストーリー、画像、画質、声色、キャラクターの動き、表情などにコンセンサスが出来ているのだろう。画期的だがディズニーの伝統にはそぐわないアイディアを誰かが主張した場合にも、ちゃんと「それは素晴らしいけど、我々には向かないね。」という結論に至るのでは?

シュガーラッシュというゲームは見た事ないから、映画用の設定によるのかも知れない。マリオシリーズなどを映画の中心的舞台にすると、権利上の問題が生じる。架空の、といってもゲームのほとんどは架空なんだが、実際にないゲームをタイトルにしたのは、おそらく権利の問題のせいだろう。

オズの魔法使い、マリオシリーズ、ストリートファイター、任天堂ゲームのキャラクター、それらが随所に登場していた。その登場の仕方が実に適切で愉快。センスの良い、いやらしくない登場の仕方で、本当に感心した。ディズニー映画でなかったら、あざとすぎる。ディズニーだけに許される、虚構の健全さと言えるだろう。

マンネリ感もあった。のけ者にされた主人公が、挽回を図って危機を招く、真の悪役が暴かれる、友情をつかむ、思わぬロマンスが生まれる・・・そんな展開に飽きている観客もいるとは思う。おめでたい私のような客ばかりではない。時々は趣向を変える必要もある。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」などは、ひねったキャラクターが活躍するストーリーでヒットした。微妙なヒネリ、趣向を凝らすことが常に求められている。

本物の悪役が悪行を働く話は成立するだろうか?ディズニーのマークが出ないなら観客も納得するかもしれないが、イメージダウンにつながるから難しい。ディズニー版アウトレイジ・・・想像ができない。

この作品の前に「紙飛行機」という小品が上映された。既にネット上で1月前くらいに公開されていたが、センスの良い映像に子供達も感じるものがあった様子。色彩を抑えて、口紅の色が目立つように、雰囲気が出るように、これも適切な判断が繰り返されていたようだ。

 

 

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