映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 花嫁の父(1950) | トップページ | 人生、ブラボー!(2011) »

2013年4月12日

007 スカイフォール(2012)

- センスに脱帽 -

スパイの情報を記録したディスクが奪われた。犯人を追った007は、同僚を見殺しにした上、味方に狙撃されてしまう。ボンドの忠誠心が損なわれる中、MI6に対する新たな攻撃が始まる・・・

・・・DVDで鑑賞。でも、これは劇場で観るべきだったと感じた。近年の007の中では傑出した出来栄え。過去最高のレベルと思った。演出が非常にクールでカメラも高性能、ロウソクの一本一本、雲のひとつひとつまで鮮明。場面の美しさを常に意識してロケーションを選んでいたようで、そのセンスの変化が新しい魅力を作り出すのに効果的だったように思った。

「バットマン」シリーズがダークナイトのシリーズ化で成功したのと似ている。ダークナイトでは旧来と雰囲気が変わり、クールで精神面の修養の路線にして、まるで新たなヒーローが誕生したかのような変化を見た。それと同じく、今回の007も随分と変化していた。

アクションシーンをどう変化させるかが決め手だったと思う。同じような殴り合い、追跡劇では観客はそうそう感心してはくれない。冒頭でカーチェイス、バイクでの追跡、列車の上での殴りあいへと流れるシーンは、ノンストップアクションで見事ではあったものの、もう他の映画でも珍しくないパターン。それだけではいけない。

ノンストップアクションは今や珍しくない。10分くらい次々と展開が変わり、手に汗握りつづき状態といった作品も多い。でも、必ずしもそれで大ヒットにはならない。純粋な娯楽映画、単なるアクション映画と言えども、作り方は非常に難しいのだろう。あらゆることが総て良い方向に向かないと、駄作に終わるものらしい。

Skyfallc1


上海の高層ビルで狙撃手を追うシーン(上の画像)。これはネオンを背景に、美しさと緊迫感を盛り上げた素晴らしいシーンだと思ったが、この場合は殴り合いが短かった。シルエットの美しさを強調し、殴り合いよりも場面の美しさを優先したためと思う。センスの良い選択だった。

後半のスコットランドの風景、今度は雲が立ち込めた大地に立つ古い一軒屋を舞台にした撃ち合い。これはフィルターなどを工夫し、西部劇で砦にこもる守備隊の戦いを描くのと同様で、その懸命さや工夫が上手く表現されていて素晴らしかった。

ボンドが撃たれてMI6の方針、特に上司の‘M’に対する忠誠心に翳りがある間の描き方にも工夫を感じた。例えば他のアクション映画なら、主人公は酒びたりになり、相当に酔っ払う。ハリソン・フォードのようなスターが、へべれけになって運ばれるといったシーンがきっとある。でも、紳士ボンドはそこまでは乱れていない。そして乱れる時間が短い。

精神的迷いのシーンは、長過ぎると観客には耐えがたい。「ダークナイト」シリーズでさえ、あんまり長く主人公が苦しむと、やはり退屈気味に感じた。アクション映画、娯楽作品であるからには、基本は動きがないといけない。作品に重みも必要で、確かにヒーローが悩むシーンは必要ではあるが、時間や表現方法には一定のルールがあると思う。この作品は、その方のセンスも素晴らしかった。

二転三転する形勢の変化も良かった。主人公がただ敵を追い詰める一方的な展開では、子供映画になってしまう。形勢逆転、また逆転という展開が必要だった。

「スカイフォール」という意味は、しゃれて小説めいたタイトルだったが、作品では地名を意味していたようだ。もしかして意外に本当の地名だろうか?てっきり、敵の組織の名前がそうだろうとばかり思っていたが、勘違い。敵の基地の名前かとも考えたが、それも外れ。敵のアジトの全貌風景は長崎の軍艦島だったようで、その内部の撮影はどこかのスラム街に見立てたセットを使っていた様子。軍艦島は外観だけ利用していたらしい。

歌も素晴らしかった。アデルの声量を際立たせた曲、歌詞も映画に最適な方向にちゃんと工夫されていた。タイトルバックに続くまでのCGにはいつも感心するが、今回も画像が微妙に連携しながらサスペンス感を盛り上げていくセンスに感嘆。

ボンド役のダニエル・クレイグには好感を持ったが、今回のボンド君は体力的にも苦しい面があり、敵を非常識なほど圧倒的していた過去のボンドとは趣きが違っていた。よりリアルな方向に変化していたと言えるし、お色気の部分が割愛されすぎかとも思えた。何を強調したキャラクターにすべきなのか、今後のボンド像が読めない。

敵役のヘヤスタイルには疑問を感じた。全然似合っていない。あれではギャング達からも失笑を買ってしまいそう。主役を上回る魅力が欲しかった。

アイディアやユーモア担当の‘Q’が大きく世代交代していて、斬新な転換に驚いた。皮肉屋、ユーモア担当、奇人変人などの得意なキャラクターを新たに作ることも出来たかもしれないが、今回はお披露目程度の意味だったのだろうか?私は今回も奇想天外な小道具に期待してしまったが・・・

MI6内部のパソコンはソニーのバイオが主流のようだ。たぶん協賛していたのだろう。イギリス製のパソコンはないのだろうか?

 

« 花嫁の父(1950) | トップページ | 人生、ブラボー!(2011) »