映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 幸せへのキセキ(2011) | トップページ | ダークナイト・ライジング(2012) »

2013年2月10日

東京家族(2012)

Seisakuiinnkai   

- 震災と心 -

瀬戸内の島から上京した老夫婦。しかし子供達は各自いずれも暮らしに忙しく、会話もどこかぎこちない。そんな中、思いがけない出会いと別れがやってくる・・・・

・・・・東京物語にオマージュを捧げたのだろう、山田洋次監督作品。親子でありながら、訪れた老人に子供達が困る状況は同じ。過疎や震災の影響など、現代風に設定を味付けした印象。物悲しさが全編を覆い、非常に雰囲気の良い作品だった。チケット代の価値はあると私は思う。

映画館を見渡すと、平均年齢70歳以上は確実と思える観客達。老夫婦や、お友達だろう老女の数人連れがほとんど。かく言う私も老年に近く、この作品は若者には向かない様子。子供は退屈するだろう。

この作品を恋人と観るべきか・・・普通ならデートでこれを観るのは勧めるべきではないだろう。良い作品だと思うが、お相手の意見をよく確認してからのほうがいいと思う。

老人を演じていた橋爪功は、私の頭の中では喜劇の脇役のイメージが強い俳優で、中間管理職を演じる時代が長く、最近は警部役なども似合うようになってきたが、多くの場合は主人公の足を引っ張るか怒る役割が多く、今回の役柄には予想できなかった。

どちらかと言えば都会的な印象。笠智衆のイメージがあるから、この役を演じるには大変なプレッシャーがあったのではないかと思う。上手く演じていたと思うが、醸し出す味のようなものは笠智衆とは元々が全く違ったものであり、違った味を出すしかなかったと思う。

おそらく悪役のイメージの強い俳優か、または仲代達也などの大御所俳優でないと、過去のイメージを払拭する役割は果たせない。毒舌で家族を嫌がらせる役柄が最も望ましかったと思う。三国連太郎が元気だったら、嫌われ役にはピッタリだったろう。

または、何か言われても反論できない実に情けない父親像でも良かった。孫達に小遣いを巻き上げられ、相手にもされず、それでもニコニコできる人物。これは外見が著しく頼りなげな、ミスターオクレを特殊メイクで老人にすることで可能か?・・・・いや、これは冗談でも無理だろう。

不自然さは演出側にも感じた。老人が酔って怒鳴った直後にイビキをかいて寝てしまうシーンがあったが、怒鳴った人間が直ぐ寝るのは難しいと思う。多くの場合、しばらくは興奮が冷めないはず。怒った後、泣き出したりするほうが自然ではなかったか?

老妻役の吉行和子は見事な老けぶりで、大人しく慎ましい役柄を演じていたものの、こちらは女優の中の女優、役者根性も凄まじく、怖い役もボケ役も常に難なくこなすこと請けあい。全く違和感なく観ていられた。格が違っていた。

妻夫木聡は器用な役者だと感心する。この役は東京物語にはなかったオリジナルの立場。彼の存在感が作品を決めるほどの意味があった。表情に関しては、本当の人物がそこにいるとしか思えないほど上手く、仕草もいまどきの若い人がするような軽さ、考えのなさを上手く再現している。女性的な美しい顔立ちが表現に役立っているのだと思う。

西村雅彦が長男役をやっていたが、これは少し無理を感じた。もっと若い二枚目の役者のほうが良くなかったろうか?映画の雰囲気を盛り上げるためには、頼りない次男と父親のやり取りが大事になる。それを強調するためには、見た目で出来の良い兄のイメージを出すべきと思う。演技力は二の次でも良いから、優秀そうなイメージが必要だったと思う。

蒼井優も役者らしい役者だと思う。「東京物語」の原節子と比べたら顔の系統が全く違い、美的感覚で対抗するのは難しい。今後公開されるであろう外国ではどう思われるだろうか?東洋系の典型として好意的に感じるか、または「何だこのブ〇!表情が判らん。」と言われるかもしれない。今回は良い性格をいかに表現するかが決め手だったと思うが、その点を上手く演じていたと思った。

途中で来たことを後悔したなどと打ち明ける姿や、妻夫木に対して率直にそう言うシーンは、ちゃんと自己主張もする面を見せていて、その点は今風に自然な姿で、演出にも無理がなかった。黙って何でも耐えるのは今風ではない。

中嶋朋子の娘役は、本来なら元気者で大声の太った女性が向くように思った。親にもズケズケと物を言い、相手の感情を害してしまうが根は親を想い裏表がない、そんな愛すべき女が私個人としては期待する役柄だった。そんな人間なら、形見の話をしても自然だから。どのようなキャラクターを狙っていたのか、当方には解らなかった。

風吹ジュンの演出にも違和感を感じた。まだ老人が酔っていない段階から嫌な顔を見せていたが、店をやる人間は普通は嫌な顔を出さない。出しても一瞬で良い。老人が酔って周囲に迷惑をかけ出してから本当に嫌な顔を出すのが自然だったはず。明らかに変だった。

感嘆するほど優れた演出も多く、見どころが多かった。階段を登って行った老女と孫の姿が消えて、直ぐに孫だけ降りてきて要領を得ない説明をする。もう少しタイミングを遅らせるのが理想だとは思ったが、よく考えたシーン。要領を得ない点を強調して、子供が泣いていても良かったような気はした。

中国か台湾の人が大声で夜中に騒ぐシーン。確かにあんな場面はよく見る。もっと延々と続けるか、違う時間で繰り返しても良かったかも。クタビレた老夫婦と騒がしい東洋系の観光客は良い取り合わせだった。東京物語では元気の良い団体客がうるさかったと思うが、今の元気者は日本人ではないらしい。

病院の屋上で、老人が言うセリフ。解りきった事実で、なんて下らないセリフ。でも、あれは実に自然だった。劇や映画にふさわしくないセリフが、実は最も映画的だったように思う。

患者さんが亡くなって家族が連絡をする際に、「あのねジイチャンが死んだ。うんうん、はあ?着替え?だから死んだの。着替えは要らないの!」ってな調子のトンチンカンなやり取りは多い。パニック状態になるのが普通だから、意味のないセリフは良かった。

我が国はどうしてこんなになったのか?殺伐とした親子関係、過疎、情緒の喪失。主人公でなくとも皆が感じること。社会のあり様、常識的センスが変わった結果だろう。基本は産業構造の変化、戦後の政治制度、アメリカとの関係、世界の投資の動向、社会の構造的な悪弊などの大きな流れのためと私は思う。大きな流れだから仕方ない。今後も、経済的繁栄を目指すなら流れを変えるのは難しい。

さらに、近年では震災も影響があったと思う。

震災に絡んだエピソードがいくつもあった。震災を映画的に表現すべき時は来ていると思う。災害をスペクタクルとして描くのは被災者の感情に触るが、この作品のように遺族をさりげなく出す方法は適切だったと思う。

震災は心のレベルでも我々を傷つけた。東北の方達の心情は、今どんな状態だろうか?力を落として回復不能な人もいるのでは?建設的な方向に気持ちを切り替える人もいれば、世を恨みたくなる人もいるだろう。絆などと我々が言っても、被災した人間とは感じ方が違うだろう。

震災をどのように映画的に表現するか。この作品は良い回答だったが、今後、もっと凄い作品が出てくるような気がする。映画界は映画でなすべきことをなし、政府や国会は各々がなすべきことをすべき。

過去の大災害の後、海辺の町には漁師達が再び住み着き復興することができたはずだが、今は海産業が国の主要な産業とは言い難いので、明治以前とは回復の条件が違うと思う。元々過疎に陥っていた地域に人を呼ぶのは至難の技では?大きな流れにより明らかに無理なものは、無理だと認識することも必要では?

もちろん、生き残った猟師たちは漁業復活への支援を希望するだろうが、現実的にどうだろうか?港湾設備や船に資金を投入して、漁業が経営的に成立し発展を遂げる?後継者が集まり、真の意味で町が復活するか?投入した金が意味を成し、被災者の心にまで届くだろうか?

石巻など被害が大きかった地域に起こしうる産業としては、おそらく大学、国の研究機関、コールセンターを持ってくることが最善。巨大で堅牢な建物を作って、今後の津波の際に避難場所としても使えるようにすると一石二鳥。

田中真紀子大臣時代に問題になった大学の認可。秋田県も大事だが、今後は内陸部より津波被災地のほうが先。被災地に人を呼び込むために、国が出来る誘導をやって欲しい。そう言えば、田中角栄氏も陳情に来た地方職員に、地方の活性化策としては大学誘致を考えなさいと言っていたそうだ。東北の沿岸部こそ、それにふさわしい。

アメリカの大学は町と区分けされていない。町の各所に堅牢な建物があれば、町が大学キャンパスであり、避難所であり、仕事先であり、活気の発生源にもなる。下らないことを考えないで、効果が確実な大学移転をまず計画すべき。首都圏の大学を強制的に被災地に移転させるべきと思う。

方法はある。移転しないかぎり補助金を減らせばいい。現在地での新たな建物は絶対に認可しない。改築修繕いっさいダメ。移転しないかぎり講座の改編も許さない、研究費もどんどん減らす。文部省と財務省などが結託すればできる。東北に東京大学が移ったら笑ってしまうが、素晴らしいこと。国家の意志が示され、金が被災者の心にまで届くだろう。

 

 

« 幸せへのキセキ(2011) | トップページ | ダークナイト・ライジング(2012) »