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2013年2月22日

東京物語(1953)

Syoutiku 

- きれいな夕日じゃった・・・ -

尾道に住む老夫婦が、子供達に会うため東京に向かう。しかし子供達は忙しく、夫婦は疎まれてしまい・・・

・・・山田洋次監督の「東京家族」を観て気になり、久しぶりにDVDを借りて鑑賞。名作中の名作だが、扱っているテーマは大仰なものではなく、家族や世代に関すること。感動の大巨編ではないのに評価が高いのは、さりげないセリフや自然な演技の完成度が高いからだろう。

前に観た時より画質が改善し声も聴き取りやすく感じたので、昔観たのはリマスタリングされる前のビデオだったようだ。今回のDVDの映像は今の若い人が鑑賞するにギリギリ耐えられるレベルと思う。

古い映画には珍しく、画面をかなり明るく感じた。リマスタリングの時に何か処理したのだろうか?海を写した場面では微妙に海面がフワフワ動くような気がしたが、スクリーンの問題か、リマスタリングの際のバグか元々の撮影時の問題かは解らなかった。いずれにせよ技術的な限界のため、今の新しい作品と比べて観にくいのは仕方ない。

独特のカメラの位置、画面の切り替え方も好きにはなれない。いかにも作りましたという、アップばかりのシーンが交互に写されると、テンポの面で付いていけないような感覚を覚える。進行が遅すぎる事や、単調な雰囲気に慣れないと見れない。

もしかして当時の技術として、アップで撮影したのは必然的なことで正解だったのかもしれない。充分にライトを当てた状態で撮影しないと表情が写らない、せっかくの演技が伝わらないという問題がある。演技を表現するためにテンポなどを犠牲にしたのなら、仕方ないことだったのかも。

古い黒澤映画を観ると、俳優が自由に頭を動かした場合に声が聞こえない、表情が見えない場面が結構ある。その分、映像のダイナミックさは出るので、一長一短ある違いだろう。ホームドラマの場合は、役者の表情の記録を最優先して考えるべきだったかも。

独特のテンポのせいで、ゆったりとした気持ちで鑑賞できる。したがって子供には絶対に受けない。テーマがそもそも子供に向かない。オールドファン限定の映画だと思う。恋人とこのビデオを観るのは勧められない。ヒロインのような女性がもし生き残っていて、貴君の恋人だというような極めて稀な状況でないかぎり、この作品を鑑賞するのは一人のほうが良い。

ちなみに私は、家内とヒロインを比べると腹が立ってくる。

ヒロインの原節子は、今見ると少なくとも今風の美人の典型ではない。美人と言えるかどうかも解らない。失礼ながら、当時33歳のわりには浮腫んだように見えなくもない。体型もやはり当時の女性のもの。「東京家族」のヒロイン蒼井嬢は、原節子と比べるとガリガリに見える。

若い頃のプロマイド写真。宝塚スターかアイドルを思わせる。この作品の頃は目元が膨らんで、若々しくはなくなっていたようだ。早めに引退したのは正解だったかも。

Harasetuko_3 

「いいえ~私なんか・・・。」などとへりくだる話し方。私には心地よいが、昨今の女性達は絶対にあんな言い方はしない。それに、今の若い人達が再婚を勧められたら、なんの迷いもなくするだろう。勧められなくてもする。わずか数十年でこれほど変化するとは・・・当時の理想の女性の振舞いかたの貴重な記録として、この作品は国会図書館に保存しておいたほうが良い。

主人公の笠智衆の話し方は、私には年寄り一般の話し方に過ぎないが、熊本出身でない人達には、なまりと感じられることはなかったのだろうか?若い頃から年寄り、父親役限定で活躍していた氏は、演技なのか普通の振る舞いなのか全く解らないほど自然な存在で、彼なくして作品は成立しえなかったように思う。

山村聡と杉村春子の演技の自然さにも驚く。セリフを言う間が絶妙。今も演技の上手い俳優は大勢いるが、本職の凄みを感じさせるだけの迫力は稀だと思う。黒澤映画とは異質の舞台向きの演技が、演出の丁寧さとも合わさって、味わい深いドラマに仕上がった印象。

違和感を覚えるシーンも多い。景色を写したシーンの中には繰り返し過ぎではないかと感じる場面もあった。尾道に帰ってきたことを表現するため、海岸や灯篭を繰り返し写していたが、今の感覚でなら少しアングルを変えたり、多少の工夫をすべきではなかったかと感じる。同じアングルでないと、当時の観客が理解できないからという判断かも知れない。

ヒロインが住む団地のドアのあたりも繰り返し写していたが、繰り返し過ぎのうえ長く写し過ぎで冗長な印象を受けた。質素と言いたかったのか解らないが、何か表現を狙っていたようには感じなかったので、編集の問題かも知れない。

尾道の当時の街並みは、ぎっしりと家屋が並び、漁業や商店でその町なりに賑わっている様子がうかがえる。昔はどこもそうだった。東京の風景も、建物が低いし、工場の煙突が立ち並ぶし、田舎の町とそれほど変わらない。

終戦後7~8年で東京の町は一気に家々が立ち並んだことが信じられないが、たぶんトタン屋根や安い板などを使った応急処置で家を再建し、汚れた内装も気にならない時代だったのだろう。美容室の奥の部屋で長女夫婦が寝ている風景は、昔なら普通のことだった。美容室の内装も酷い。今では豊かになって、信じられないことだが。

窓にサッシがない。虫除けの網戸もない。考えてみれば信じがたいこと。蚊に刺されまくっていたはずだ。始終うちわで扇いでいる。蚊帳がないのは妙な気もするが、当時は普通のことだったのか? あんな風景は今はない。クーラーの部屋で両親を迎えることになるが、何の風情もないだろう。

新幹線や飛行機による移動が可能になったことは、風情の面では劇的な変化をもたらした。尾道と東京の移動が一大事だった時代が、ほんのちょっと前だったとは。今なら東京に行くと言っても、「ああ、そう。ネットで予約して来いよ。」で済んでしまう。

 

 

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