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2013年1月13日

女たちの都 ワッゲン・オッゲン(2012)

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- 遊郭再建は? -

天草の牛深で、衰退する街を心配した奥さん連中が、古い遊郭を使って料亭を作ろうと奮闘する物語。

熊本市の電気館で鑑賞。よく出来た話だった。私の耳で聞いたかぎり、俳優達のなまりに違和感はなく、熊本の人達と大きな違いは感じなかった。相当練習したのだろう。

大竹しのぶは、いつにも増して熱演だった。彼女も完全なオバサンになっていて、役柄との違和感がない。元々が庶民的で、女優女優した派手な印象はない方だったが、今の後姿は女優にさえ見えない・・・つまり色気がない。色気が必要ない役だから構わないとは思うのだが、少し残念。ヒロインの魅力も重要だから。

声のでかい、デブでギョロメの迫力満点の怪女優が主演すると面白かったかも知れない。マツコデラックスなんかが。ただし、そうすると客が来ないかも知れないので、有名で演技力のある大竹嬢を選んだのは無難だった。誰か他の美人女優が演じるのも、ウケのためには良かったと思うが、具体的に適役を思いつかない。

松田美由紀と杉田かおるも共演していたが、どなたも見事なオバサンぶりだった。ただし、やや町っ子のオバサン天草人ではあったが。本当の天草人は、顔の色からして違う気がする。普通はもっと日焼けしているだろう。大竹の夫役のブラザー・トムは完全に天草人の顔だった。先祖は天草では?

この作品の企画は、福田智穂さんという方が考えたそうだ。自分の体験や故郷への想いから考えついたらしいのだが、それを企画として実現した力と運には感嘆する。似たような企画としては、「フラ・ガール」があった。あれは感動を狙える題材だと誰でも判るが、この作品の場合は若い娘が活躍するのではないから、大ヒットを狙える企画ではないような気がする。よく実現したものだ。

映倫の審査には問題になるが、色気をもっと強調しても良かったのではないかと思った。料亭ではなく遊郭を再開したら、際立って激しい町興しだ。ホステス上がりの女中さんたちが、チラと下着を見せるのがウリなどといったキワモノ料亭なら、遊郭のイメージを生かした町興し企画になる。この作品は少し優等生過ぎたのでは?

はっきり写さなくてもいい。イメージとして、何かセクシーな連想をはたらかせることができる場所を強調するなどどうか?「このお部屋では昔、〇×といった方が遊んでいかれたという伝説があります。たぶん、この風呂では・・・」などと客に紹介するだけで、なんだかそわそわしてくるのでは?

恋を描いても良かったのでは?女中さんの誰かが恋をする。昔の話を聞きながらムードが盛り上がり、本当の恋が芽生え、しかし誰かの邪魔が入る・・・少しテーマから外れてしまうが、盛り上がるために考えるのも良かったのでは?その分の時間は、不妊の話を割愛してもいいと思う。不妊は主題と直接には関係ない話だったから。

優等生的な内容のせいで、家族で見れる作品になっている。恋人と観ても悪くはないと思う。さすがに学校で上映するのは、下ネタの部分がまずいかも知れないが、御愛嬌でいいような、そんな程度だった。主題は、町の再生、活性化にあり、今日の重大な事項で実に真面目な映画だった。それを娯楽化しただけだ。

‘外貨獲得’などと茶化しながらいうセリフがあったが、田舎の場合は本当にそうだ。国内にいながら、ほとんど違う国から観光客を呼ぶに等しい。外貨獲得、産業育成、地域振興など、四文字熟語を耳にタコができるほど聞かされているから、ただ稼ぐにも馴染みのフレーズが出てくる。

産業の空洞化、人口構成の高齢化、過疎化は、牛深に限らず地方に共通する問題である。こうなることは昔から判っていたのだが、有効な手を打てないまま、ほとんどの町は衰退している。映画の中で女子大生が学費を稼いでいた熊本市ですら、町の賑わいは昔ほどではない。大いなる流れによって、地方は衰退している。よほど独特の町興しをしないと、客は集まらない。

それこそ、遊郭で町おこしというのは凄いウリになる。法に触れるような本当の売春はまずいが、町全体がランジェリーパブ、ノーパン喫茶、混浴温泉、ヌーディスト様御優待といった画期的な路線も、生き残りのためには考えざるを得ないのでは?島の端っこまで客を呼ぶためには、思い切ったことが必要だ。

日常食べる魚は、天草産も多いが、チリやノルウェー産のほうが目立つ。昔ながらの農林漁業を復活させるのは難しい。農業の復活などと選挙のたびに候補者が訴えていたが、役立つことはできなかった。海外の製品をいっさい輸入しなければ可能だが、今日の状況では考えられない。そこが基本である限り、田舎に昔あった産業は消えていく。どう上手く変化し、個々の住民が対処するかが問題。

多くの家庭では、故郷から都会に出て、会社勤めすることで生計を立て、なんとかしのいでいた。都会のほうに職場がある限りは人を吸収する場所があり、仕事の面でのしのぎが可能。皆飢え死にする心配はなかった。

でも都会も就職難になると、状況は厳しい。日本は今まで上手くいっていたが、海外では工夫しても対処できなかった国が多い。むしろ上手く行かないのが普通。昔の天草は、そりゃあ酷かったはず。魚ばっかり食っておれるはずはない。出稼ぎ、身売りからゆき、移民など、厳しい歴史があったはずだ。

厳しくて、いかんともし難かった長い歴史があり、飢え死になど普通のことだったはず。とにかく、クヨクヨしたり酒飲んでだべっていても仕方ない。他力本願ではいけない。まさか、いまさら自民党に期待しても仕方ない。ダンナ衆も奮起して欲しい。やるべきことをやって、しのいでいくべき。おばちゃん連中の主張はもっともだった。

イギリスやアメリカは、かって日本より徹底的な産業構造の変化があったと思う。農業経営は日本より大規模で安定していると思うが、基本的に競争原理がハバを効かし、大企業が利益のために生産拠点を移すスピードが早いはず。製造業の職場が一気に増減したはずだ。どう対処したのだろうか?それとも対処しきれないままと言えるのか?よく判らない。

 

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