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2013年1月 4日

レ・ミゼラブル(2012)

Universal

- 歌が大事 -

ユゴーの小説のミュージカル版を映画化した作品。盗人だったジャンバルジャンが改心し、人を助け、愛する物語・・・

・・・1980年頃にミュージカルが企画されて、現在までヒットを続けているらしい。私はスーザン・ボイル嬢が歌った「夢やぶれて」の曲からミュージカルの存在を知ったくらいで、あの物語を舞台でやるのは大変じゃないか?などと懸念していた。

記憶では確か、ジャン・バル・ジャンが敵に警告をするために何かを銃撃する場面があったような気がするが、それを舞台でやっても距離感の演出が難しいはず。でも、映画なら迫力のある市街戦も描けるかと考えた。民衆の蜂起で、市街に人があふれ行進する様が、どんな風に再現されるのだろうか?まず、そこに注目した。

迫力は確かに凄かった。どこかにセットを作ったのだろうと思うが、広大な敷地に街並みを再現した、その財力に驚いた。裏町に作ったバリケードは大事なシーンだったが、あれは少々狭すぎて、スタジオの雰囲気が感じられて失敗だったように思ったが、実際の蜂起でも細い路地を封鎖したにすぎないだろうから、あれが正しい再現方法だったのかも。

映画の冒頭、船をドックに引き戻そうと囚人たちが引っ張る場面。よく考えたものだった。囚人の辛さや、非人道的扱いが見事に表現されていた。CGをまじえて撮影されていたのだろうが、違和感を感じなかった。

主演のヒュー・ジャックマン氏の冒頭の痩せ具合には驚いた。額に皺を寄せ、犯罪者にしか見えない表情を見せ、見事な演技ぶり。ただし、歌の力はプロの歌手達と比べると苦しかった。けして下手糞ではないのだが、声の質が歌に向くとは感じなかった。

それは前半のヒロインを演じたアン・ハサウェイ嬢も同様。なにしろボイル嬢の歌を聴いて知っている我々には、圧倒的な歌唱力の差を感じずにはいられない。ミュージカルで我々が感動するのは、やはり歌の迫力である。いかに広大なセットを作っても、ミュージカルの場合は歌が一番大事と思う。

音響に工夫して、ささやき声ですら音量豊かに加工すれば、もっと音で感動されたかもしれない。今のデジタル技術なら、完全に合成した歌声も可能。「グリー」のようなテレビドラマですら、歌の迫力ではずっと上を行っていると思う。

警部役のラッセル・クロウの歌は全くいけなかった。下手ではないのだが、感動させるほどではない。彼の役は絶対に本職のテノール歌手に担当して欲しかった。ホセ・クーラなどは理想的な顔と声だと思うが、他の出演者達との違いが際立ち過ぎてしまうかも知れない。

つまり、本職をキャスティングすると全体をオペラ調にするという、大きな方針転換が必要になる。私個人とすれば、これは題材から考えて断然オペラ調が望ましいと思うのだが、酒場でインチキ夫婦が滑稽なダンスをするシーンなどを大事にして、あくまでミュージカル調に留めるなら、やはり人気スターを揃えないといけない。

カメラの位置も気になった。どうも「ああ、無情」というと、文豪~古い舞台劇~といったイメージがあり、手持ちカメラで撮影するスタイルには馴染まない気がする。カメラは固定され、舞台で観客が見ているかのような位置を基本とし、たまに俳優の顔に注目する必要がある時だけ近づく、そんなスタイルではいけなかったのだろうか?

プロモーション・ビデオばりのカメラワークは、上手くいけば訴えかける力になるが、長く続くと威厳というか、作品の質を落とす結果になりかねない。私としては、舞台の観客席にカメラを置くかのごとき、離れた視点が望ましかったと思う。

アマンダ・サイフリッド嬢の登場シーンは素晴らしかった。天使のように美しい女優が印象的に現れ、若者と目と目が合う様が実に上手いタイミングで描かれていて感心した。美しい娘さんを見ると、つい目を奪われてしまう私だが、あんな感じの視線の奪われ方。いい年こいて・・・・

アマンダ嬢の歌声はミュージカルに通用していた。それに共演した恋人役のレッドメイン君は、彼以外に適役を思いつかないほどの好演だった。顔からして、もはや演技抜きに素晴らしい。意外に歌もイケていた。

テナルディエ夫婦を演じた二人は、得な役柄だったとは思うが、実におかしく、上手く雰囲気を作っていた。あざとい生き方が出ないといけないし、観客に嫌われるほど極悪ぶりがひどくてもいけない。上手くバランスをとっていたし、演出も良かったのだろう。何といっても、作品の主題が素晴らしい。キリスト教の慈愛の精神に満ち溢れている。

ただし思ったのだが、政治的に混乱が続いていたフランスが、文化的には高いレベルを保ち、経済的にも繁栄し続けているのは実に不思議。フランス革命の前には、高い税金にもかかわらず財政は破綻していたはずだし、革命後も度々政変が起こって、政策も右往左往したはず。揉めまくって何にもできなかったというのは、私の勘違いだったのか?

この話の後、普仏戦争で敗戦して、さらにフランスは激しく疲弊したはずというのも、私の勘違いだったのか?賠償金もあるはずだし、どう繁栄するのか考えつかないのだが?景気や財政は、いったいどうなっていたのだろうか?

そうなると、財政が厳しくドンヅマリに見える我が国も、まだまだ大したことないのかもしれない。政府がどうかよりも、若者達の恋に期待すべきなのかもね。

 

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