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2012年12月14日

ヘルプ~心がつなぐストーリー~(2011)

- 勇気に感動 -

人種差別が激しい南部の町で、黒人のメイド達の本音を本にしようと考えたヒロイン。しかし、公表すれば命の保証はない。メイドたちも尻ごみする・・・

・・・勇気ある女性達の話。非常に美しい物語だった。作品のテーマがそうさせたのだろうが、全体を通じて穏やかな調子でドラマが繰り広げられている。本当は激しい暴力や、厳しい口調の命令、罵声が繰り広げられたに違いない。でも、そこをリアルに表現しても効果的ではないと判断されていたようだ。

お蔵入りした映像を観ても、殴られた女性が鼻血を流して逃げているシーンなどはカットされ、全体のムードにそぐわないと監督自身が述べていることから、穏やかな演出に統一した編集作業があったことが解る。

映像の色調も概ね明るい。暗い作業場で殴られる使用人・・・といった陰惨なシーンはない。直接の暴力行為も、もちろんない。だから家族で観ることが可能な作品。ただし、子供に受けるかどうかは別。感受性の強い人にしか意味をなさない作品だと思う。

Emma  

ヒロインを演じていたエマ・ストーンの表情が素晴らしい。画像のように実は相当な美人なんだが、メイクや表情でややガサツな文芸少女のように演じている。お見合いの席で相手の男のバカぶりに怒るシーンがおかしい。軽いユーモアがないと作品全体が暗くなるから、おしとやかでないのは良いキャラクターだった。

おそらく齢をとっても悪女役などで充分に活躍できる予感がする。大女優の可能性を持つ印象。

眼が大きくて顔が丸い点は、アマンダ・サイフリッドとよく似ている。「マンマ・ミーア」のような役柄には確かにアマンダ嬢のほうが合うと思うが、「TIME」の場合は、もしかしたらエマ嬢のほうがリアルだったかも知れない。キャラクターが少しかぶるのは確か。

黒人女性のメイド役の中心になる二人も素晴らしい。実際のメイドとしか思えない実在感があった。特にミミー役をした女優さんは、体と頭のバランスがとれてないというか異様に顔が小さく、表情も黒人独特のもので、存在感が抜群だった。

メイド役をする女優が美人過ぎたらおかしい。手が美しく動作がなめらか過ぎても変。バレーの素養のある女優は不向き。日本の女優の場合は、劇団で他の役柄も演じることが出来る美女達が女中役をしてしまうことがあるが、役にそぐわない存在感を出す場合もあって妙だ。

彼女らの努力と工夫には感心したが、60年代より前になぜ公民権運動のような活動が盛んにならなかったのか不思議な感じもする。憲法で権利を保障されていても、明らかにその精神に反する州法が成立しており、しかも‘トイレを黒人と白人で分ける’といった規則が新たに成立するなど、信じ難い現象。

多数派が白人なら、非人道的だが合法的な仕組みが維持されるのも当然ではある。正しくなくても、民主主義のルールには沿っている・・・だから正当、だから良いとは言えないが、まかり通るのは現実。

金の力、雇用者と被雇用者の力関係で言えば、確かに大きな違いはあると思う。被雇用者が雇い主に対して対決するのは限界がある。職を失い、しかも再雇用に関してカルテルまがいの圧力をかけられたら、クビは破産に直結するから、黙らざるをえないという経済面での圧力が続いていたということか?社会的な力関係が、長らく維持されたのだろう。

200年かけて徐々に経済的に独立した黒人が増え、軍や警察の上層部にも進出し、白人からの圧力に抵抗することができるようになって初めて、ものを言うことも可能になったという流れかもしれない。

仮に警察は総て白人だったとしたら、法がどうであれ公務執行妨害の現行犯などとでっち上げられて、その場で射殺される危険性がある。ある程度の黒人がいれば、人種差別以外の要因である法や金によって対応が変わる可能性もあるが、人種差別は減る。人的な進出は絶対条件だろう。

 

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