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2012年12月23日

ナッシュビル(1975)

Nashville

- 混乱のまま描く -

南部ナッシュビルでは、大統領候補の選挙スタッフがカントリーシンガーの影響力を利用しようと交渉をやっている。スター達は、それぞれの事情で参加したり断ったり、自分を売り込もうとする歌手志望の面々も無視されたり、利用されたり。そんな中、事件が起こる・・・

・・・アメリカの選挙、ナッシュビルの雰囲気、群がる人達の都合と、それぞれの個性などの描き方が芸術の域に達している。それぞれ勝手に判断し、怒り、嘆き、無茶な要求をしたり、勝手な生き方をしてバラバラなんだが、各々を淡々と乾いた目線で記録して、直ぐに次の人に移るという描き方。整理するのも大変だったろう。

DVD版で鑑賞。160分もあって疲れてしまった。無駄もしくは、退屈するに近い時間もあった。だから、誰でも喜んでくれる映画とは思えない。子供は無理。恋人にも、よほど映画好きでない限り勧められない。若い人には、あんまり受けないような気がする。

中心となる一人は、大物歌手の‘ヘヴン’。歌は上手いのかどうか判らないのだが、レコーディングの場面ではわがままを貫いてスタッフを辟易させながら、芯のある生き方、事件にも動揺せずに対処する力量を見せていた。芸能界で長く生き残るだけのことはある。そんな風に納得させる役回りだった。

実際にも、小柄な人間は強い意志の力を培うことができて、実社会ではかえってタフネスぶりを発揮することが多い。必ずしも圧倒的な技術がなくても、芸能界でそれなりの地位を維持し、ベテランとして活躍できる人はいる。だから、ヘブン役には実在しそうな存在感があった。

女性シンガーの精神的な不安定ぶり、その夫の挙動など、実にリアルだった。

脇役ではあったが、シェール嬢の格好が懐かしい。痩せ過ぎ、何を考えているのか解らない表情、自由奔放、イージーライダー時代の妙な感覚のネーチャン達を思い出させる。いまだに、あんな格好に影響されたファッションの娘はいる。

そういえば、ここ数年は極端に短いホットパンツをはいて、足を見せびらかす娘さんが増えた。10年前にもいるにはいたが、ミニスカートのほうが主流だったように思う。ちょっとした流行の違いだろうが、シェール嬢の孫に相当する世代が、バーちゃんのセンスで育てられて復活したのかも。

‘オープリー’に出演・・・というのが理解できなかったが、オープリーという巨大ホテル~ステージで企画されたフェスティバルのことらしい。ナッシュビル自体は50~60万人規模の町でしかないそうだが、カントリーミュージックの本場だそうで、ギターを抱えた男と、歌手を夢見る女達がウロウロする独特の光景は伝統らしい。

熊本市くらいの規模に、どうやってミュージシャンが食べていくだけの市場ができるのか解らない。熊本の場合、水前寺清子にちなんで演歌の都ができたとしても、食べていけるのは数人くらいで充分。後はストリート演歌士として路上ライブ・・・たぶん、客は集まりそうにない。でも、アメリカならいけるのか?

そこで選挙運動をするなら、当然人気のある歌手を利用したいと考えるのが自然だろう。アメリカ大統領選挙はお祭りのような騒ぎで、テーマミュージックやダンスなどが繰り広げらる一大イベントだそうだから、この映画のような騒ぎは実際に近いのかも知れない。

いろんな歌が歌われていた。ミュージカル風に自分の生き方を歌うキース・キャラダインは非常に上手いと思ったが、他の歌手は実際には歌手でない俳優が多く、ちょっと興ざめしてしまった。ナッシュビルの人たちは怒ったのではないだろうか?「あれくらいなら、オレに歌わせろ!」といった具合に。

なぜアフレコを多用しなかったのか理解できない。アメリカには、そこらじゅうに凄い歌い手がいっぱいいるから、簡単にやれたと思う。音楽の力というか、上手い歌の力は無視できない。歌で感動して欲しくなかったのだろうか?

テーマは、確かに歌ではない。ナッシュビル=カントリータウン!と讃える映画でもない。アメリカの現状、群像劇といったものが中心。だから、あえて‘そこそこ’のレベルに留めていたのかも。本職にやらせると完全なミュージカル映画になってしまうから、マズイと判断したのだろうか。

なぜ銃撃事件が起こったのか、なぜ彼が彼女を狙ったのか?全くもって解らないが、理解不能な人間がうごめき混乱した状態のままなのは、まさにアメリカ的であり、ワケのわからない犯罪者を描く描き方として、最高のストーリーだったかも。

 

 

 

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