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2012年12月11日

華麗なる週末(1969)

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- ああ、兄貴分 -

‘僕’は、親のいない四日間を利用して、兄貴代わりの連中とメンフィスの町まで旅をすることになった。ところが、同行した仲間が勝手に車を売ってしまう・・・

・・・少年の成長物語、やや現実的なおとぎ話、三丁目の夕日の南部版、そんな感じがする。日本人の私でさえ、何か懐かしいような気がした。親とではなく、遊びに長けた不良と遊ぶと、悪の魅力、緊張感を味わうことができる。兄弟との遊びだけだと、所詮はままごとの延長なのだ。

非常に真面目な内容。観終わった後に清々しいような感情に包まれた。作者の少年時代の実体験も何か反映されているのかもしれない。非常に感傷的な映画。子供の頃泣いた時の感情は、成長にかかってくる大事な要素だと思う。

その大事な時を、いわば補助してくれる友人にして兄貴分、それがスティーブ・マックイーン演じるビーン氏だった。マックィーンは、兄貴分的な役柄が非常に上手い。ワイルドでイタズラ好きそうな、従順な生き方なんてできそうにない個性、素晴らしい魅力があった。

笑い方が独特だった。サルのようだ。米国のナイスガイは、ニカッと笑う例が多い。我々から見ると、頭が足りないか、何か無理に演技してナイスガイを演じる政治家みたいな噓くささに似て、嫌悪感を生じるのだが、米国人はあれが好きらしい。

マックウィーンは、ニヤリとはするが安易には笑わない。町の不良達のように、危険に備えることを前提としたような目つきで人を見るし、政治家のような表情は絶対に見せない。そこが当時の風潮に合致していた。

この作品は、彼の作品の中ではかなり異質な印象も受ける。泥沼をわざと作って商売にしておいでのならず者に、結局はいいように金をむしられるシーンがあった。他の映画なら、敵をギャフンと言わせそうなもんだ。喜劇的な面が多かった。

そのため、要するにヒーローの登場を期待する客には受けない。ややわざとらしい演出の印象も受ける。少年時代を懐かしむ人には受ける。

ビーンと黒人の仲間の関係も気になった。いっしょに育って、兄弟同然の関係だったのだろうが、当時本当に仲良く街中でともに過ごすことが可能だったのだろうか?一歩間違えれば、二人ともリンチの対象だったはず。それこそ、ボス的な存在の人物が黒人に寛容でないかぎり、独特の遠慮がはたらいたはず。

だから、この作品の少年は、極めて稀な環境で育ったと考える。

当時の娼館は、本当にあんなものだったのだろうか?ホテルと看板が出ていたようだったし、家の造りは小さなホテルとも、一般の住宅ともとれるような印象。客達が仲良く一階の広間で歌ったり飲んだりしていたようだったが、他人と仲良く顔をあわせる売春宿というのは、どうもイメージしにくい。

周りは一般の住宅街のようにも見えたが、実は酒場や本物のホテルだったのかもしれない。木立がたくさんあったが、やがて店が密集して、一般的な歓楽街になる、その前段階の状況だったのかも。

主らしき人物と顔をあわせて夕食を食べるのも奇怪な印象。私なら、あんまり顔を人に見られたくない。気恥ずかしいからだ。「あ・・あんたは確か・・・」などと言われたら困る。

子供の頃、齢が5~6歳くらい上の近所のお兄ちゃん連中の後をついて遊びに行くことも多かった。彼らは体が大きいので、魚の投網などをやらせると充分できる、それに感心し、尊敬の念を持った。今なら、私より体力不足の小柄な青年達だったに違いないのだが、逞しく感じていた。

彼らから何か言いつけられることがある。簡単な命令だ。何かを取って来い、誰かに連絡せよなど。彼らは子供だった自分を、どのように見ていたのだろうか?やたら素直なヤツ、少々足りないのか?頼りない貧弱な少年、そんな感じかも。

悪さをされなくて良かったが、ウイスキーやタバコなどを勧められることもあった。私がバラさないだろうという信頼はあったからだろう。無理強いする対象ではないと判断されていたようだが、彼らも勘が働いたのだろう、後で面倒なことにならないように巻き込まない判断を下されたようだ。

明らかに彼らとは仲間ではなかった。不良同士の激しいケンカにも巻き込まれないで済んだ。私を子分のように扱うには子供過ぎる。兄達がいたから、悪い道に引き込もうとしても邪魔が入るという微妙な判断もある。そんな理由で、不良にならないまま幸せな少年時代を過ごせたのかも。

近所に超悪玉の青年がいたら、どうなっていたか判らない。たぶん、彼らは彼らなりにタフな兄貴分になろうと考えていたのだろう。ワイルドでも、何かになりたいという意志は、健全さにつながる。兄貴分への道は、彼ら自身をも救っていたのだろう。

 

 

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