映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 戦火の馬(2011) | トップページ | メン・イン・ブラックⅡ(2002) »

2012年9月18日

フライド・グリーン・トマト(1991)

Universal 

- スリラーです -

老人ホームで知り合った老女の昔話によって、主人公は勇気付けられる。それはかってアラバマ州のある村で食堂を経営していた二人の女性の物語だった・・・

・・・呆れるほど凄い話。平凡な主婦であるはずのヒロインを演じるのがキャシー・ベイツというのがアイディアの第一で、小さくなって生きている彼女が徐々に迫力を出していく姿がおかしい。

この作品は子供には全く向かない。恋人といっしょに見るのは悪くはないように思うが、最適な映画とも思えない。女性達が集まって観るのには最高。フェミニズム以外の普遍的な人類愛の話でもあるのだが、本来は女性向き。男性達が集まって観たら、ちょっと場違いな雰囲気、そんな作品。

さて消えた元ダンナは、いったいどこに行ったのか? 後でタネが明かされるのだが、笑えた。笑えたということは、この作品に説得力があったからだろう。普通は笑えない怖い話だった。

この話にはモデルはいないのだろうか?小説のために完全に作った話なのか、もしかすると女性二人が経営する店が実際にあって、噂話、過去の裁判にまつわる物語、KKKに反感を持つ良識人達が何かトラブルに巻き込まれる、そんな話はありそう。

女二人が共同で店を出す。いっしょに暮らしている。そうなると噂になったことだろう。それでも勇気を持って生きていく、しかも黒人達といっしょに行動、妨害は覚悟しないといけない。敬意を表したいくらいだ。

フライド・トマト?まったくもってイメージしにくいが、実際に南部の名物らしい。たぶん揚げることで甘みが出て、独特の風味が出るのだろうが、トマトのフライを食べたことはないので解らない。良いタイトルだったし、それを書いた文字を映像に入れるセンスも良かった。

キャシー・ベイツは個性派名女優の代表のような存在だった。目つきが日本人のオバサンに近く、鋭い。人から嫌われそうな役柄がそもそもの売りだと思うのだが、その彼女をヒロインにして、コミカルな役柄を演じさせたのは、最高のキャスティングだった。おかげで笑いが取れた。

もっと痩せた女優だったら、例えば花を持って御主人を迎えるシーンには本当の色気が出てしまう。それはマズイ。駐車スペースを奪われた時に腹を立ててぶつけるシーンも笑えない。体型が大事だった。

もしかしたらだが、この役はベッド・ミドラーでも良かったかも。映画がどうなったかは解らないが。

もうひとり、老女役でしか知らないジェシカ・タンディ嬢も素晴らしかった。齢のわりに元気で、快活な個性は他の映画とも共通していたが、この役では若い頃に非常に活発であったらしいことがあって、いたずらっぽい部分がまた魅力的だった。

快活さで驚かせながら、眠っている姿を見ると、死んでないだろうかと心配になるほど老いている、そのギャップがまた見事だった。

聖書に手を当てて宣誓しながら、嘘をつく神父。これも種明かしが後であるのだが、演じていた俳優はクセモノ、セクハラなどの役で良い味を出す怪優の一人。また、友人である黒人の大男は、いかにもという体型と顔つき、良い役者が集まっていた。

ただし、映画のテンポには若干の違和感を感じた。カントリーミュージックなどを使って、叙事詩風の雰囲気を出すことも出来たような気がするのだが、そこにはこだわりがなかったようだ。現代劇と叙情的な西部劇を組み合わせるような作り方も可能だったはず。

ちょっとしたフィルターの色、音楽などで、懐かしい昔の南部を表現できたのでは?古い因習や、差別などの暗黒面があっても懐かしい、そういった愛憎まじった感傷を作品の土台にできたらと思う。

舞台となった駅前の路地は、おそらくセットで新しい時期と、古くなった時期でペンキを塗りなおし、カズラなどを這わせてイメージを出してるんだろうが、その仕事も非常に上手かった。

アメリカでも、おそらく鉄道から自動車に移行する時期はあったはずで、淘汰された駅は、ゴーストタウンのようになったはず。そのさびれた様子がリアルだった。

さて最近、熊本日々新聞紙上で竹熊医師の回想が掲載されている。氏は若い頃の私のヒーローで、医食同源をテーマに活動されている方である。一度患者の会にお呼びして、講演をしてもらったことがある。

医療や農業のあり方、生き方には、有機農業を基本とする考え方が基盤になるべきと思う。有機農業には納得できる道理があり、夢があった。ただし、そのためには農業を維持できる経済的な状況が条件でもある。農業で食べていくことが難しく後継者がいない、そんな状況では有機もへったくれもない。そもそも村がなくなる。

鉄道があった場所から鉄道がなくなったら、駅は当然なくなり、駅前商店街も移転するしかない。稲作が採算割れしたら、転作するか転業、転職、移住するしかない。有機か有機でないか、無農薬か減農薬かどうかなど意味をなさない。通常の努力や工夫が通用する問題ではなくなる。

非常に残念だが、激しい農村崩壊を見ていた私には、絶望感のほうが先に立ってしまった。30年前には結論が出ていると考えた。学生時代には氏の農園の行事に参加することも可能だったが、とうとう行かなかった。

竹熊氏が院長をされていた泗水町には広大な土地があるが、もっと狭い土地しかない地域も多い。荒廃した集落を、今も時々歩いてみる。かって、近所のオバチャン達が腰をかがめて作業していた田畑は、今はセイタカアワダチソウが茂っている。林道を回れば、どこにクワガタがいるか予想できた道も、道自体がなくなっている。

比較的豊かな土地がある泗水町や山鹿には、まだ田畑は多い。山村よりは村が維持できている。でも、農協や役場に現金収入を求めて初めて経営が成り立つ家も多いはず。TPAや、今後の経済的、政治的変化によっては、泗水でさえ村がなくなる可能性はある。個人の努力はもちろん、町の努力もさほど役には立たない。

大いなる力で経済が成り立ち、人が暮らして初めて理想を追求することができる。夢を語り友人と好みの店を出すこともできる。地域全体、国全体が地盤沈下する施策をとっていたら、古き良き時代を懐かしむしかすることがない時代が来ると思う。視点に注意する必要があった。

視点は、「生き残り」の方向が基本だと思う。この基本は、まだまだ一般の感覚では夢がないように感じられてしまうが、生き残れば展開が開けてくるはずと思う。

 

 

 

« 戦火の馬(2011) | トップページ | メン・イン・ブラックⅡ(2002) »