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2012年8月31日

TIME/タイム(2011)

20cfox

- 設定に無理あり -

生命の時間が規定され、通貨として扱われている時代が舞台。主人公は体制に反発し、時間を大量に放出させようとするが、警察やギャング団に狙われる・・・

・・・命の時間が掲示板みたいな表示をされるという設定が斬新だった。昔、似たようなマンガかドラマを観た気がするが、その時はバーの長さでの表示だったように思う。パソコンや携帯の進歩で、表示も進歩したのだろう。

この最初の設定が全てだったように思う。とんでもない設定におかれた人類が、どんな社会を作るのか、その点が大きな魅力の元であり、限界にもつながる。あんまり非現実的だと話が空に浮いてしまい、いかなるスリルを演出しようともリアルな話ではなくなってしまう。少し現実味を持たせることが必要。

話の設定通りだと、人間は全て25歳ということになるが、主人公の友人が25歳というのは、かなり無理を感じる。あちらの人は老けてみえることがあるが、それにしても40歳は超えていなかったか?肥満体の25歳の人は多いが、若い肥満体は、脂肪組織の重みより皮膚の支持能力が勝るのか、プリプリとした印象になる。でも、友人君はやや肉が下側に落ちかかっていたように思う。

時間の交換、売り買いが日常的に行われるなら、普通の強盗なら貧民街よりも上流社会で活躍しようと考えるはず。儲けが少ない領域で命を張るのはアホらしい。したがって、ギャング達が場末のバーにたむろするのは変だった。

治安は、もっと乱れるはずだと思う。大人しく時間切れを待つくらいなら、賭けで金持ちを襲う人間が多数出るはずだ。命を賭けて来られたら、いかに警察が頑張っても防ぎようがない。普通の銃では立ち向かえない。

時間をやり取りする際に、手を握り合うだけというのは笑える。何か別の表現方法があったほうが良かった。目の色が変わるとか、何か大きな機械を介さないと交換できないなど。

主人公のティンバーレイクは本来はミュージシャンだそうだが、「ソーシャル・ネットワーク」のIT企業家役で良い演技をやっていた。ただし、今回の主人公としては、共感できるような強烈な魅力は感じなかった。クールに演じていた印象で、殴られ蹴られ、必死の逃亡といったシーンが少なかったので、簡単に危機を乗り越えていたように思えたからだろうか?

見た目の迫力を感じなかった。肉体派のヒーローではない、知能的に優れた犯罪者のような印象も受けない、ヘヤスタイルは役のために選んだんだろうが、大人しい労働者のような感じがして、強盗をやる風体とは違っていた。大スターの持つ色気を、私は感じなかった。

ヒロインのアマンダ・サイフリッド嬢は、なぜ主人公に惹かれたのだろうか?ただ目が合って、いきなり会話を交わすなんて、ちょっと省略が過ぎたように思う。元々父親と対立していたことが解るエピソードをはさむ、もしくは彼女から強盗の話を持ちかけるといった展開も考えられたと思うが・・・

アマンダ嬢は恋愛悲劇や、逃げるサスペンス映画に合いそうな気がする。目が大きくてスタイルも良く、何か大きな作品のヒロインとして不幸な死に方をすると、強烈な印象を与えそう。

警官役は「インセプション」にも出演していた俳優だったが、個性的な顔が役柄と合致して存在感があった。この映画で一番役者らしい役者じゃなかったろうか?演技が上手いのか下手なのかは解らないのだが、すごく個性的なのは間違いない。ちょっと弱々しそうだったが。

演出のセンスにも疑問。基本となる雰囲気は、いかようにもできたはず。暗いトーンで、大いなる定めによって虐げられた庶民の苦しい戦いを演出しても良かったし、クールに敵を倒しまくる乾いた雰囲気に徹しても良かったし、大恋愛ドラマにすることだってできたと思う。強い印象を残せた作品だろうか?

だから、この作品を誰に勧めたら良いのか、判らない。中学~高校生くらいか?

ギャング達が主人公の車を襲って事故を起こさせるシーンは、誰もいない川原で撮影されていたが、明るい昼間よりも夜のほうが怖さが出るから向いていなかったし、ワナをしかけるにも広すぎる場所だった。

時間の売り買いは非現実的だが、命の売り買いに近いのは臓器売買であろう。腎臓移植をめぐって、医師がヤクザと取引をしていた事件があったが、腎移植がらみの犯罪は最も起こりうることが間違いない。隠れているだけで、東南アジアに行って移植を受けた日本人は国内に多数いると思う。

臓器移植の技術は身の回りに拡がりつつある。知っているだけでも二人、移植を受けて意味ある人生を送られている。移植がなかったら、若いのに早々と人生を終えることになっていたはずだから、いかに技術が素晴らしい結果をもたらすか実感できる。

だから移植をどんどん増やすべきか?そうは思えない。でも移植を産業にしようという思惑は確実にあるようだから、国家的に移植に力を入れる傾向は続くだろう。そうなると、移植できる施設は成長し、普通の医療だけの病院は縮小する運命になるかもしれない。移植コーディネーターの中には大きな権力を持つ人物が出るかも知れないし、売買めいた仲介業者はなくならないだろう。

生きるか死ぬか、子供が助かるかどうかというギリギリの局面では、理性を期待するのは無理である。おそらく金銭取引、恐喝、誘拐など、さまざまな犯罪を誘発することは防ぎようがないだろう。

 

 

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