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2012年7月 5日

トランジット(2012)

- 意外に面白い -

仮釈放中の男と、その家族がキャンプに向かっていた。それを利用して検問を通過した犯罪者グループが、彼らを襲ってくる。家族と犯罪者達との戦いを描いた作品。

DVDで鑑賞。4枚のビデオを揃えないと1週間借りれないという切実な理由により、出来を全く期待しないで借りた。テレビ映画だったのかもしれない。B級、C級の臭いがする作品だった。

でも、二転三転する形勢の変化や、家族がバラバラになりそうで、それをなんとかしたいと願う姿などが上手く織り込まれ、しかも演技も演出も実に的確で、ややオーバーながら、演技と作品の質が合致したような印象。偶然の結果かもしれないが、相当な完成度を感じた。

もし父親が犯罪者になったら、たぶん長男はあのような考え方、態度になるし、次男はあのような態度になる。奥さんも、自然にあのような態度になるのではという予想通りの演出が、的確にできていたように思う。安易な表現と言われればそうなるが、皆が徹底して演じていたので気にならなかった。

トランジットとは交通、輸送といった文語調の言葉のような感覚を持つが、この作品の場合は現金を移動させるという目的と、そのためにクールに殺しでもやっちまおうというビジネスライクな感覚が、文語スタイルにふさわしいという意味で選ばれたのだろうか?やや不思議なタイトル。

主演の俳優は知らない人物。敵となる悪玉のボスも有名俳優ではないように思う。表情がオーバーすぎる印象はあったが、作品の質には合っていた。ギャングたちの中では、黒人もドライバー役の若者も脇役ではあったものの、それぞれの考え方が明解に解って、上手い演出だったっと感心した。大作映画でも脇役の個性まで充分に演出できていないものが多い。

犯罪者グループの女は不必要にグラマーさを強調されていたが、あれもB級作品のお約束であろう。観客に何か色っぽい展開を期待させる狙いがあったと思う。

いっぽうで、やや冗長なシーン、不必要にオーバーすぎてB級ぶりを露呈したシーンも多かった。意味不明な印象を受けたシーンもあったが、もしかすると撮影の順番のせいで全体の構成が掴めないまま撮影し、結果的にまとまりがおかしくなったのか?   

大きな予算を使って作られたようには見えなかった。銃撃戦やカーチェイスはあったから、技術者達の参画は必要だろうが、日本のテレビ映画でも同じくらいのドラマを作ることはできそうな気がした。

犯人たちは仲間割れをしていたが、仲間割れと言えば、昨今の民主党の分裂は騒がしい。

造反したのは50数人だったそうだが、数人は民主党に舞い戻ったそうだ。とかく右往左往するのは私だけではなく、議員達も同様らしい。権力、名誉、それと選挙で勝てるかどうかといった切迫した問題が目の前にあれば、どっしり構えることなどできなくても不思議ではない。

小沢議員の奥さんの怪文書騒動も凄い。原発事故の時に小沢議員が逃げ惑った、いいや東京にはそもそもいなかっただの、真偽の程は不明だが、まさに怪文書。奥さんも相当なタマのようだ。愛人騒ぎに腹を立て、いつか復讐の機会を狙っていたのか、もしくは闇の勢力に取り込まれたのか?とにかく、奥さんとの仲間割れは間違いないだろう。

民主党が分裂して喜ぶのは役人、自民、公明の支持勢力と欧米のビジネスマンだろうか?よくは解らない。とかく、小沢氏は邪魔な存在だった。原発や財政や社会保障など、大きな問題の根源は役人や自民党支持層に由来すると思うのだが、その問題が彼らにとって利する結果になる逆転現象には驚く。

原発事故の責任を取って自民党の解党、役人の大量粛清・・・そのほうが本来の責任の取り方として納得はいく。でも、そうなる可能性はない。粛清は陰湿なイメージがあり気持ち的には嫌だが、責任をほったらかしで曖昧に済ますのも妙で、問題の先送りや再発につながる。間違いの再発予防は考える必要がある。

思えば、いつも妙だった。子供時代にも、国の財政は怪しいし原発事故がないなんてありえないと私は思っていたが、そんな考えは主流ではなかった。皆、自らの生活に気が行っていて、何か気にしていたようには見えなかった。

気にしてもしょーがないじゃん、という感覚だったんだろう。それは確かに正論だが、今日もそう思ってるだろうか?福島県がどうなろうと、直接の変化はない人が多いが、故郷を追い出された人のことを思いやらず、事故の責任も無視し、自らの安易な判断も忘れて・・・忘れたい気持ちは解るが。再発は予防したほうが良い。事故対応の検証よりも、事故の再発予防のほうが大事だ。

大きな事故が起こると、一瞬だけ意識が集まる。さすがに昨年は、多くの人が袋小路に気づいたのでは?問題の根の深さ、長いこと蓄積された間違い、修復の難しさを実感できた人が増えたように思う。おそらく、歴史的には展望が見える時代のほうが稀で、今が普通の時勢だろうとも思うのだが、だから普段は忘れて世情に関して気にしないという考え方には害がある。再発予防ができないからだ。

例えばの話、原発事故の報道を聞いて、私はまず関東の風向きを調べた。普通ならそうするだろう。その時点で海の方向に風が流れていたので不幸中の幸いと思ったのだが、その後はまずい方向に変わって、結局は私の勘違いだった。風向きに注意が向いたのは当然だと思うのだが、一般的な意識ではなかったようだ。風向きは物凄く重要な問題のはずだが、妙だ。

しつこく報道した番組を見た記憶がない。パニックや間違いを怖れて、あえて報道を控えたのか?天気予報のサイトに公表されている情報を流すだけなら、とにかく情報の重要さから考えて、やるべきだったと思う。放射能レベルを直接公表するのは、確かに慎重になるべきだが、風向きは人に判断させる基本的情報だった。

あの日の風向きに対する対応は、考え方を象徴している。世情と同じく、自分に関係ないなら特定の地域の風向きなんぞ注意しないほうが利口か? 政府の発表以外のことは何も報道しない姿勢が正しいと思ったのか?視点を自分の周囲の風だけに置くのが利口か?利口に立ち回ったつもりでも、皆がそうなら全体の状況は当然の結果となるはず。繰り返し述べているが、それが病根のひとつだろう。

報道機関に限らず、一般的な考え方も対処法も、病根が根深い。結局、「原発事故はコリゴリだが、推進してきた自民党を支持」「財政破綻は自民と官僚達のせいだが、自民党に期待」「社会保障の破綻は自民党時代に決定されていたが、自民党に期待」という、理屈の成り立たない選択をする結果になりそう。その成り行きに理屈で抗うのは難しいだろう。

小沢氏もアクが強くて理解しがたい人物だから、いかに増税反対と言われても、直ぐに支持しにくいのは確か。破綻は数十年前には決まっていたことなので、その当時に対処をしていなければ、甘んじて結果を受け入れるしかない。本当に増税が必要かどうかは、役所の発表が当てにならないので判りようもないのだが、既に国民の多くがミミタコで慣らされて覚悟しているので、流れとして仕方ないと思う。

これは飲み会のヨタ話なんだが、本当に納得するためには、役に立たない人事院は廃院し、法律によって「消費税を5%アップする際には、議員数は5%減らし、役人の給与は5%カット、全省庁の予算規模も5%カット、退職金、退職後の天下り先の報酬にも特別徴収税10%を設ける」といった、解りやすい規定も欲しい。

この意見は適当すぎるし乱暴なんだが、いかにも負担を分かち合うという、感情レベルの了解を得るには必要な規定。誰でも一方的に無茶のしわ寄せを被るのは嫌だ。経費節減に失敗した部門は、失敗の責任を何かの形で取るのが普通。予算規模や給与に反映されないと(感情的には)許しがたい。

小沢氏が誰かを担ぎ、よりソフトな雰囲気で、消費税増税反対を唱える政治家が表に出て感情に訴えたら、次の選挙では票が集まる気もする。そこを小沢氏が裏で仕切れば、またまた巨大勢力となりうる。例えば谷亮子を消費税担当大臣候補とすれば、選挙の顔となりうる。勝負はついていない。

原発反対も票になりうるが、おそらく全部の政党が反対と言いつつ、実質は運転再開に走る。普通にマニュフェストを出すだけでは武器にならない。「かって原発依存の方針を立てていた省庁の役人と政治家を、残らず訴える。」といった過激なマニュフェストなら、票につながる。

マニュフェスト:①原発を推進した自民党と官僚OBに、原発事故補償のための特別税をかける ②消費税増税に対しては、上述の給与カット、予算カットをつける。 ③天下り税を震災補償の特別税とする。無茶苦茶だが、解りやすい。

二転三転の形勢逆転劇が国内で起こるから、将来の歴史の教科書が楽しみだが、「混沌として、何も手をうてなかった時代。」と、あっさり片付けられそうな気がする。

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