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2012年6月 4日

ファミリー・ツリー(2012)

21fox 

- ヒットしません -

ハワイで暮らす男が主人公。妻が事故で回復不能な状態になるが、家族の仲違い、不倫問題や遺産への対応など、悩ましい問題が主人公を襲う・・・

・・・舞台も、役者達の演技も、ストーリーも、全てがマッチした傑作だと思う。鑑賞したのは平日の午後の市内の映画館だったが、広い館内に客はたった3人。エアコンなど要らないのにつけてあったので、非常に寒かった。この種の映画は、日本では大ヒットしないのだろう。

この映画の観客としては、なんといっても家族がお勧めだが、不倫話も出てくるし、子供には理解しがたい主題とも考えられるんで、一定の年齢に達した御家族さま限定ということになるようだ。恋人と観て楽しい映画かどうか解らないのだが、全体の雰囲気は悪くないはず。退屈する人もかなりいるかもしれない。

主人公はジョージ・クルーニーだった。彼はテレビ界出身だからか、アップの画面をイメージした、ややオーバーで多少味に欠ける演技が目立つが、この作品の性格は非常に役柄とマッチしていて、はまり役だと思う。今までの出演作の中で一番魅力的だった。これ以上の役は二度と来ないかもしれないとさえ思えた。

妻の浮気を知って、友人宅に走っていく姿がおかしい。腹も出ているし、走り方が格好悪い。そこを目立たせた演出も良かったが、二枚目俳優の彼がやったことも良かった。

長女役はシャイリーン・ウッドリーという女優さんだそうだが、大変に美しく、あちらのテレビでは有名な人らしい。美しい顔だし、小柄に見えるけどスタイルも非常に良くて、メロドラマには最適な印象を受けた。メロドラマとラブコメなら、今後活躍しそうな印象。

ただし、あちらの業界には、天使のような美少女は掃いて捨てるほどいるので、今後スターになれるかどうかは解らない。

もう一人、長女の友人役のニック・クラウスという俳優も面白かった。完全にノータリンのアーパーな暇人のような様子なんだが、家族にとっては共に行動してくれ、また場の雰囲気に結構敏感に反応してくれる良き友人であった。しゃべり方は、日本人のアーパー暇人と全く同じで、もはや暇人は国境を越えたのかと感心してしまった。

勤務医の時代に、病院を受診する患者といっしょに来院する友人によく会うことがあったが、暇だなあと呆れ、また感心していた。20代の男性が多かったが、自分の20代は比較的呑気な学生時代でも部活動や飲み会、趣味などでけっこう時間には追われていた。病院を受ける友人の相手も、まあ一度くらいなら、それも重病で心配という状況ならありえるが、風邪くらいでは考えられない。

卒業後は、なおさらそうだ。親戚の見舞いにも行かなかったくらい。じっと待ち合いで数時間なんて考えられない。そんな余裕がないから、いまだに幸せから程遠い状況なのかもしれない。精神的な余裕は必要だ。女性の患者さんに付いて来た男友達は、良い所を見せよう、思いやりを見せよう、一人では不安そうだといった考えが理解できる。でも、そんだけ暇な男とは、さっさと別れろと娘さんには勧めたい。

また、よき友人であっても、世間をなめたような態度があれば感心できない。暇人独特の回りくどい穏やかな話し方。それに、稼ぎと言えるほどの収入がなくて、「人生とは・・・人間とは・・・・」といった教訓めいた話をされたら、腹が立ってしまう。

たとえもっともな内容の話だったとしても、私としては正しいかどうかより、時間を有効に使い、自分の義務を果たすといったストイックさに敬意を感じる。そんな感じ方のクセがあるんだろう。「何を考えてんだ!」という怒りが先に来る。こっちが病的なんだろうが・・・

あんな人間も必要なんだろう。社会の全員がモーレツビジネスマンみたいな人間だったら、心が休まらない。そして、そのテーマに最適な場所は、ハワイの、それも開発されていない海辺の自然林なんだろう。

違和感を感じたのは、原住民とは全く人種が異なる家族が、広大な原野の権利を有するという事態。どう考えても、いかな偶然の結婚があったとしても、上手いこと権利を掠め取ったと言われなくもない。本来は土地の権利が曖昧な原住民の世界に、問答無用の力で侵入してきた米国の人が権利を主張すること、それ自体がおかしい。

たとえ崇高な宗教のために現地に赴いたとしても、商取引のために代金を払って居住したとしても、不動産に権利を主張されたら侵略に他ならない。武力を背景に多数の異民族が進出してくること自体が侵略的行為であり、そもそもが無法的行為に基づいた権利。本来は、いかなる権利も存在しないと考えられる。

侵略を正当化しないためには、「原住民が移民者と結婚する時には、土地に対する権利は自動的に破棄される。」といった規定が望ましい。そうしないと、銃を突きつけられて土地を奪う行為を正当化することになってしまう。

時には人道的な理由か労働力不足のために、積極的に移民を受け入れる国もある。その場合は、例外的に移民への権利の委譲が必要になる。でもほとんどの場合は、移民側にやむをえない事情があるか、もしくは侵略目的でやって来るのである。取引して居住すること自体が正当ではない。いかなる権利も、そもそも存在しないほうが正しい。無理強いした結婚と、純愛による結婚を判別することは無理。

まあ、侵略者がそんな規定を了承するはずはないから、空理空論なんだが。

土地信託の話が映画で出ていた。おそらく、そういった意味で、権利を適正化しようという判決が出て、土地の所有を借りているという考え方に変えているのではないか?勝手に、そのように理解した。

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