映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« テイカーズ(2010) | トップページ | スリーデイズ(2010) »

2012年6月20日

大人の流儀(2011)

伊集院静氏の随筆。雑誌の連載だったのか、書き下ろしたのかは知らない。書店のベストセラーコーナーに大きく飾ってあったのは、この本の続編であった。最初の方が売れたから続編もできた筈と考えて、最初の方を購入した。賢い判断だったかは解らない。

伊集院氏の小説は読んだことがなく、どんな作家かほとんど知らない。夏目雅子の夫だったことは有名だが、本人はギャンブラーみたいな生活を送る自由人で、一般的なイメージの物書きとは違うのでは?という印象を持っていた。実際はどうか知らない。

読みものとして面白かった。氏はいろんなことを経験しているからだろう。波乱万丈の人生を語ってくれないと、誰も興味を持つはずがない。一介のサラリーマンや、私のクリニックのような小さな事業所の日常、代わり映えしない生活をどんなに上手く描いても限界がある。

文章そのものの魅力は、よく解らなかった。テニオハからして怪しい私の文章よりずっと完成度が高いが、例えば「パイプのけむり」といった有名随筆と比べると、味が足りないように感じた。自分が齢をとって、パイプの煙を読んだ頃と感性が違ってきたからかもしれない。

「大人の・・・」というシリーズは多い。大人ジャズといったCDのシリーズもあるようだ。大人を気取るのは、やはり自分が子供っぽいという感覚があって、それを改善したいといった感情が働くからではないか?私の場合がそうだからか、そんな風に思う。

私の頭の中は、17~18歳の頃からさっぱり成長していない。いろいろ学ぼうとしてはいるのだが、頭の処理能力が落ちてデータが更新されないようだ。パソコンで言えば、コピーペースト拒否、読み取りは可の状態。子供のままでも仕方ないかと思う。大人にならなくても構わない。大人達もヒドイ間違いをたくさんやらかしている。あんな大人なら、ならなくていい。

だからか知らないが、「大人の流儀は・・・」などと述べる人物に対しては、どうも皮肉っぽい意見を言いたい。そもそも、あれこれウンチクを語る人物に対しては、どうしても嫌悪感を覚えるから、エッセイという形態は細心の注意をはらって書く必要があるのだろう。へつらってもいけないし、気取ってもおかしい。

正しい流儀を守らないといけない神聖なる場所ではマナーに従うべきだが、その義務がない場面では基本的には自由であったほうが良いと思う。寿司の食いかた、酒の飲み方、その所作の細かいことを言えばマナーはたくさんある。どこを最低限守るべきとするか、考えればキリがない。

本来、その人の行動が大人っぽいか子供っぽいかは、重大な問題ではない。有害か無害か、有益か無益か、優れているかどうか、何かの普遍的価値があるかどうか、それは重要だと思う。些細なことに注目して、大事な価値を見失うようではいけない。それこそ、大人の対応ではなくなる。

実際に本の中で作者が自分を誇るような文章は少ないのだが、うがって読んでしまった。この本のタイトルは完全に営業のためで、「俺こそが大人だ!」と自慢する内容では恥をかく。本人も嫌だったかもしれないと思った。

松井秀喜との交際は、誇っているように感じた。松井氏は野球選手としてだけでなく、人間的にも実際かなり完成された人物のようだが、彼の言葉を紹介し、敬意を表する姿勢だけなら問題はない。でも、親密な間柄であることを強調する必要はない。彼に対して一方的に敬意を表するのが、本来とるべき態度ではないかと、自分は考えた。

もちろん作品賞を取った有名作家も充分に価値がある。松井選手よりも雑多な経験を踏んでいるはずで、無能であるはずはない。ひょっとすると松井選手は野球バカに過ぎないのかもしれない。でも松井氏はスポーツ業界を代表する人間であり、敬意を感じる人がより多いと私は思う。年齢も、活躍する世界も違うとは言え、格のような意味合いからすれば一歩引いて書くべきではないか?

それこそ、大人ならば。

 

« テイカーズ(2010) | トップページ | スリーデイズ(2010) »