映画評

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2012年6月12日

ローズ家の戦争(1989)

- 学習すでに遅し・・・  -

ローズ夫妻は学生時代に知り合い、深く愛し合い、そして・・・・同僚だった弁護士が語る世にも怖ろしい事件の顛末・・・

・・・怖ろしや、夫婦の諍い。身につまされながら鑑賞した。この作品はよく見て勉強しておかないといけないと、冗談抜きに感じてしまった。間違っても殺しあうことがなく、足を引っ張られることも、財産を失うこともなく、円満に問題解決できるように、しっかり学習したいものだ。

この作品を最も観るべき対象者は、離婚を考える人間ということになる。ただし、もちろん夫婦いっしょに見るような愚はおかさないことが重要。仲の良い(当面はそう思ってる)カップルは観ることが許される。とりあえず観た時点では冗談で済むから。微妙な関係の場合は絶対に鑑賞を禁止すべき。話題にすることも避けたほうが良い。子供は、おそらく観てはいけない。

絶対に離婚しないと確信を持って言える人間は、ギャグとして作品を楽しむことができるだろうが、危機感を持ちながら観るのが本来の楽しみ方ではないかと、少々独断的だが思う。

この作品の監督はダニー・デ・ビートだったんだそうだ。ソツのない演出だったと思う。

主演は当時の黄金コンビのマイケル・ダグラスとキャスリーン・ターナー。ケンカをしていても息があってる印象。現在のブラピ夫妻よりも息がぴったりで、見ごたえがある。かなり映画用の誇張した演出だから、激しいケンカも可笑しく見えるのだが、どう考えても夫婦はやり過ぎていた。仕事そっちのけで戦いをやるなんて。

私はギャグ映画を観ても学ぶものを探す癖がある。分析し、一般的な真理を見出そうと、あくなき探求精神をもって鑑賞してしまう。そんな自分にとって、この作品の場合、妻の態度がどのように変化したのかが最も興味ある検討課題だった。

この夫婦の転機は、食事会の時に自分の話題をさらっていった夫に怒る場面だったが、その前に伏線があった。目の前でイチャイチャする同僚にいらだってしまったことだ。つまり性的な不満が、そもそものきっかけであることを暗示していた。

夫が妙な顔つきで新聞を読みながら食事をし、妻に注意を向けないという態度も影響していた。クリスマスツリーの飾りつけなど、小さいこともきっかけになりうる。互いに笑って済ませていた、あの冗談で済んでそうな時期に、既に事態は進行しているのだ。学んだ、学んだ、学んでしまった!

あんな態度をされたら、愛想もつこうというものだ。ただし、夫だけを責めるべきかは一概に言えない。妻の献身、心配りが家の内装より夫や子供に集中していたら、夫の態度も違っていたかも知れない。内装は、あくまで家族の次に気にすべきものだと考えるべき。

まあ、そんな批評は白々しい。我が家も静かな戦争状態に陥ってしまったので、どうやったら良い関係を維持できるかなんか私に解るはずがない。解るくらいなら、もっと良い状態であるはず。理解不能、会話不能、意志の疎通不能の相手に、私の誠意など通用しなかったという現実だけを感じている状況。

今も私は子供の世話を頑張っている。もう20年間ほどになるが、自分の休み時間は、ほとんど子供のために使ってきた。買い物や洗濯も可能な限りやってきたと自負している。開業前は掃除も大半は私がやっていた。家内がやらないから仕方なかった。

イクメンが頑張る、または家事の分担で、夫婦が良い関係を維持できるというのは幻想でしかない。私がやれば、ただ相手が家事をしなくなるだけの結果であった。相手の生き方次第だ。人の努力に対して感謝だけする人間と、プラスして感情的な反発を大きく感じる人間がいる。

ハードに家事をやり過ぎて、家内の怠慢を批判する結果になっていた面はある。私が何か皮肉を言うわけではないのだが、こなす家事の仕事のレベルが違うので、言わなくても批判しているように向こうも感じてしまうようだ。私も、家内が一日中寝転がって家事も何もしない日には、さすがに文句を言う。でも、家内には、その言い合いが一種の娯楽の意味をなすようで、自分が批判されて反論することを悲劇の主人公にでもなったかのように味わうから、ついていけない。

悲劇を味わう余裕はない。言い合いの相手をする暇がなくて黙々と仕事をしていると、相手は子供に八つ当たりを始める。自分が相手をされないのが腹立たしいので、子供にケンカをふっかけるのだ。あまりに感情的になっているので、「理不尽な言いがかりは、子供の心に暗い影を残す」と言っても、その批判に待ってましたとばかりに反応し、悲劇ドラマを楽しんでしまうから、テロリストのように悪質だ。

最近、私は悲劇が好きじゃない。実際の生活が悲劇だから、もう結構だという心情である。

悲劇ドラマが好きな女性は、妻にする前によく考えておくべきかと思う。私のように、相手を選ぶ甲斐性がなかった人間は仕方ないが、余裕のある若者は、この文章を参考に正しき選択をしてほしい。

そのためにも、この作品はぜひとも目を通し、私の分析に従って解釈すべし。間違えても、そこらのアホウな批評家達のレビューなんぞ見てはいけない。ピントが違う。分析のキャリアが違うのだ。全ての結婚前の人間は、私の批評とセットで、この作品を観るべし。

 

 

 

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