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2012年6月27日

チャンプ(1979)

Mgm

- 名画劇場向き -

ボクシングチャンピオンだった通称”チャンプ”は、子供と馬の世話をしつつ生活していた。しかし、そこに別れた妻が現れる・・・

・・・「リアル・スティール」で思い出して鑑賞。断片的な記憶しかなかったが、この作品なかなか映画らしい美しい作品だった。名画となることを期待して作られた品という印象。「リアル・スティール」は違う。評判になるし、観客動員数はずっと多いかも知れないが、名画といった性格の作品ではない。意図が違う。

冒頭の乗馬のシーン、上流社会らしき人達が楽しげに乗馬を楽しんでる姿は、朝日の中で大変に美しい。物語は、ほとんどは下層に属する人間の話であるのだが、映画的に仕上げるためには冒頭は美しいほうが良い。そんな原則に忠実だった。

主人公がスキップしている様は、あんまり軽やかではない。当時も感じたのだが、ボクサーらしくないボクサー役だった。体力的に、この俳優なら本当にボクシングができるかもといったリアリティが欲しい。ウィル・スミスなら可だろうが、ジョン・ヴォイトでは違和感を覚悟しないといけない。

この主人公のような人物は、現実にもいたのだろうか?

競馬関係者や馬の飼育に関わる業界は、かなり閉ざされた社会のような気がする。日本の場合は、親戚も業種は違っても競馬界や競輪選手関係で生きている傾向があるが、あちらではどうなんだろうか?馬の世話を嫌ってボクサーを目指す人間がいるのだろうか?

イメージとして、ボクサー = 都会でバイト生活をしながらトレーニング。親戚は工場労働者や暗黒街の住人。黒人がほとんどで、多少はヒスパニック系もいる、そんな感じがする。競馬業界の人間は大きな勝負ができるチャンスがあるから、ボクサーを目指すという話には、ちょっと疑問めいたものを感じた。

でも馬主や騎手と違って、世話係にチャンスは限られているのかもしれない。内情を知らないので解らない。

私が知り合えた人間に、競馬関係者はいない。荒尾競馬場の医務室に待機させられることは何度かあったが、部屋からは外がよく見えなくて、どの馬が勝っているのか全く解らなかった。観客席からでないと、結果は解らない。正直言って、そこらじゅうが臭くて、あんまり馬に乗りたいとも感じなかった。馬といっしょに生活することも考えられなかった。

でも、何かの理由で馬の世話が仕事になったら、きっと楽しいだろう。馬は生き物の中では最も世話のしがいがある。特に競争馬の場合は、大きな賞金=収入をもたらしてくれる存在であり、勝利という目に見える成果が仕事への誇り、喜びにつながると想像する。給料は安いかもしれないが。

この作品は名画と言えると思う。カギとなるのは、子役がいかに可愛らしく、観客の同情をひいてくれるかだが、この作品の場合は際立って可愛らしく、演技の質も高かった。本当に笑い、泣いているとしか見えないリアリティがあった。演じていたリッキー・シュローダー君は、大人になってからは普通の俳優になったに過ぎないらしいが、そんなものだろう。

私の末っ子は、今がちょうどシュローダー君に近い時期で、だからかシュローダー君が何かするたびに涙が出てしまった。子役として、最も優れた役者だったと思う。

ジョン・ヴォイトの演技は、意外に印象に残らなかった。名演だったとは思うのだが、リアリティに欠けた印象。どちらかというと、母親役のフェイ・ダナウェイのほうがリアルだった。いつもはクールな悪女役が多かったが、愛情を表現する上手さを感じた。

意外なほどにボクシングシーンが短い。ドラマがほとんど。もともとボクシングの上手さは期待できないし、そもそも殴りあいで盛り上げるのには限界がある。「ロッキー」は珍しく長い戦いを売りにした作品だったが、本当に珍しいと思う。しぶとさを表現することが必要だったら、もっと長く、しかも上手く殴りあう必要があった。

 

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