映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« カンパニー・メン(2010) | トップページ | スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション(2011) »

2012年4月15日

アンドリューNDR114(1999)

- 子供には受けないだろう -

ある一家が購入したロボットはアンドリューと名付けられ、家族同様に暮らす。一家の4世代、200年間に渡って深く心がつながることになる。彼は自らを改良し、人間に近づいていくが、問題が発生・・・

原題のbicentennial manは、米国独特の表現なのだろうか、百年祭を単位とする言い方らしい。高性能の機械なら、親子3~4代に渡って関わることもありえるだろう。庭の木などなら、古い家で同じように親しまれることもありえる。将来は、何かの機械が同じような愛着を伴うものになりえるかも。

ソニーのアイボを持っている親戚がいたが、壊れないなら長期間にわたって関わるから、愛着がわくだろうとの意見。

画面では近未来の都市の姿が度々登場していたが、古い教会はそのままに、超高層のビルと上空を飛び交うバスのようなもののシーンは、一般的な未来都市の姿で特徴を感じなかった。せっかくだから、ファッションなどに突飛な変化も期待したいが。

ロビン・ウイリアムスの動きが徐々に人間に近づいていく様子は、かなり努力していたようだったが、後半に登場する女性型ロボットは、明らかな着ぐるみ状態が見えるので興ざめする。お腹の部分は隠さないといけないし、動作もぎこちなくする工夫が足りなかった。

話は長く、やや焦点がぼやける印象を受けた。リトル・ミスと呼ばれる最初の女性の後に、あえてナターシャという孫を登場させる必要があったのか疑問。リトル・ミスとの生活を望むロボットの苦悩、互いの心の問題を描くべきではなかったのか?複雑化し、話を長くしても意味があったとは思えない。

「A.I」でもそう思った。話が壮大になる効果は確かに期待できるし、観客の単純な理解を裏切って何かの物語が始まると、奥行きのようなものは期待できるとは思うが、インパクトを薄れさせる結果にはならないだろうか?

でも、良い話だった。

ロビン・ウイリアムスは人情話に向いている。いろんな映画に登場しているが、極悪の犯罪者の役は演じていないのでは?何となく良い人のイメージがあるから、役柄が限られ、使い捨ててしまわれそうな気もするが、そうならない何かの魅力があるのだろう。

ヒロイン役の女性は有名スターとは言えないと思うが、非常に魅力的だった。感情的になるシーンがあったら、もっと良かったように思うが、欠点が目立たないほうが良いという判断だったのか? この映画の当時は33歳くらいだったはずだが、娘役もなんとかこなしていた。この作品のメーキャップ技術は素晴らしい。手のシミの表現などは実に見事。

診療所には子供もやってくる。その子達も徐々に大きくなって、たまに風邪で診察するとはにかむような表情を見せるようになる。その成長を見ていると、独特の感慨がある。高度な脳の機能があるロボットにも、何かの反応があるかもしれない。

ペット達は人間の成長をどのように感じているのだろう?犬や猫の場合はペット達が老いるのが早いとは思うが、子供がヨチヨチしていたのに、自分をあやすようになっているのを見て、仲間の成長を喜ぶような感覚が生じているのかも知れない。

逆に、ペットに対しては家族同様の感情が必ずのように生じる。だから我が家は飼えない。近所の犬が齢をとって動きが遅くなり、こちらへの興味も失ったかのように反応しきれなくなっても悲しいのだから、我が家で飼うなど考えられない。

家族のこと、結婚のことに関して、このような物語ができるのは、日本ではまだ一般的ではない。マンガのアイディアとしては面白いのだが、実写でとなると、美しい話にはなりにくい。民族の歴史、家に対する感覚の違いがあるので、最初から拒否めいた精神反応が起こりそう。徐々に国柄による違いはなくなっているとは思うが。

この作品はセリフにセックスのことがかなり出てくる。子供といっしょに観ると居心地が悪いかもしれない。大人用のおとぎ話のようだ。恋人と観る作品としては、かなり高級な部類。そのかわり、刺激の面では物足りないだろう。そもそも子供には受けないのでは?

きっと日本だったら、悪い組織がヒロインをさらって、主人公が戦うといった活劇でないと企画として認められない。おそらく発想の硬直化がある。パターンにはまっている印象。

また、この作品では倫理的な問題に気をつけたのだろうが、生殖能力に関しては機械には無理と言っていた。でもそうとは必ずしも言えない。機械が意図した通りに合成したDNAを使って、意図した遺伝子を持つ人間を作ることは、可能性としてありえる。もともとのDNAは誰かの遺伝子だから完全に機械の子孫とはなりえないし、意図の通りの人間になるとも思えないが、生殖に絡むことはできるはず。

 

 

 

« カンパニー・メン(2010) | トップページ | スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション(2011) »

無料ブログはココログ