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2012年3月30日

コンティジョン(2011)

- リアルでした -

新型のウイルスが発生し、感染は全世界に波及する。WHOやアメリカの政府機関、研究所などが対処を試みるが、ワクチン製造ははかどらない。街には暴動が発生・・・

・・・この映画は熊本では劇場公開されなかったかもしれない。全く知らなかった。スター達が多数出演していたが、広告はなかったような気がする。見逃しただけだろうか?

コンティジョンというタイトルは理解しがたい。私も判らなかった。カンテェイジャンと発音してもそうだろう。空気感染と接触感染は厳密には分けられないことが多いので、インフェクションと特別に区別すべではないような気もするし、もともと映画のタイトルにふさわしい言葉ではない。せめて日本語タイトルは、解りやすいものにして欲しかった。

製作にあたっては誰か監修した専門家がいたろうが、物語は非常にリアルで設定も現実的だった。例を挙げると、

① ブログでデマ情報を流す人物が出現。誘導によって、巨利を得ようとする。  ② 政府機関の人間にも、自分の知り合いにだけ情報を漏らすものが出る。  ③ ワクチン会社が暗躍する。  ④ 研究者同士の縄張り争い、手柄の競争が発生。   ⑤ 誘拐など、犯罪によってでも薬品やワクチンを手に入れる人物が出る。   ⑥ 看護婦の組合がストライキを組む。     いずれもありえる話であった。

Warner_bros

最も存在感を感じたのは、上の写真のジュード・ロウが演じた自称ジャーナリスト。ブログを使って危機感を煽り、製薬会社と交渉して何かの利益を得ようとする悪役だが、単純な極悪人としては描かれず、当然出現しそうな、ちょっとした野心家みたいだった。

彼が研究者だったら面白くなかっただろうか?研究機関をクビになった専門家で、かなりの実力を持ち、政府よりも先に何かを見抜いて公表し、政府の施策を攻撃する、そして彼のほうが説得力を持つ・・・そんな設定は難しかったのだろうか?現実味を失いかねないと判断されたのか?

彼のような人物を中心にして、いかなる理由で行動したのかを描ければ、作品のまとまりはつくと思う。または、製薬会社の役員を主役に描くのも面白いと思う。でも、もし利益を得ることよりも名誉や地位が目的の行動の場合は、逮捕するのは難しい。テレビに出まくって大きな影響力を持てば、出版料などで利益は得られる。それを目的にされた場合は、逮捕はできない。

原発事故の時も専門家が色々登場していた。長崎大学の元教授は甲状腺疾患の専門家のはずだが、事故の内容についても聞かれ、ピント外れになって気の毒だった。逆に歯切れ良く、放射能は健康に良いという妙な先生もいた。仮に強くそう信じていても、責任の取りようがないので、テレビでは言ってほしくない内容。

誰もがテレビに食い入るように見入ったので、扇動される危険性はあった。計画的に情報操作されたら、誰もが信じ込んでしまうかもしれない。テレビやインターネットの情報発信力が強くなればなるほど、巧みに操られる。

感染源とルートを探る作業の中で、不倫など個人の秘密がばれる事態は考えられる。何か秘密を抱える人物の隠し事のせいで真実がわからなくなり、結果的にルートも不明になり感染が拡大、そんな事態もありえる。

担当官の権利を明確にしておく必要がある。強制力を持って個人や企業の秘密を探る権利が保障され、抵抗する者、虚偽の申告をした者を拘束する権限も明確でないと仕事はできない。個人情報保護を盾に、情報を明かさない人物は必ず出る。それに対抗して公衆衛生を優先するためには、明確な規定が必要。

症状を意識的に隠す人間、無意識に「オレは病気じゃないはず。」と考えようとする人間も出る。それが感染症伝播に関しては害をもたらしかねない。「オレのように元気な人間を隔離するのは人権侵害だあ!」と騒ぎ立てる人物が必ずいるのだが、これにも対処できない。

いっぽうで、無駄もしくは無茶な隔離も避けたい。勘違いした担当官が暴走する可能性もある。強制力を持つ担当官は少数でいいし、一般の”小役人”に権限を持たせると、被害が拡大してしまうから、規定を明確にする必要がある。ところが、それが嫌がられる。当然だ、役人側からすれば権限を奪われる感覚になるから、断固反対される。

暴走を実際に経験したと思っている。

H1N1(新型)インフルエンザの発生の時、政府や一部の保健所の対応は、私には暴走と写った。一方的な論理で評価するのは不当だが、経緯が公表されていないので自然とそうなる。本当かどうかは知らないが、当時の政府内部の対応は記録されていないらしいので、真実は判らない。こちらから見える範囲で、いくつか項目ごとに考えてみた。

①空港の検疫・・・・症状が必ず出るなら検疫は有意義だが、感染者の全員が発熱するはずはない。その点は発生直後に報告され、判っていた。その点を軽視していたようだ。すり抜ける人がいたら、検疫の効果は限定的。政府の担当官は感染症=検疫、隔離と単純に思ったのか?映画の観すぎ?古い観念にとらわれた?ただし、限定的な効果はあったかも知れないので、全否定はできない。

検疫をいっさいしなかった場合は、恐怖にかられた人から必ず批判が出る。検疫は不要と述べたら、解任されたかもしれない。役人達は狂ったように反対しただろう。その批判を押し切る使命感、プロフェッショナリズム、覚悟がなかっただけかも。

②隔離・・・・発熱者を隔離する必要があったとは思えない。病毒性から考えて自宅待機で充分と私は思った。人権を侵害するからには、それなりの根拠が必要で、思い込みは許されない。結果的に隔離は無駄だったと断じて良いのでは?隔離が法的に要求される感染症は、どの程度の病毒性であるという規定が必要だが、そんな規定はないだろう。弱毒性新型ウイルスを想定していなかったとしたら、得意の「想定外」の一例だったってことか?

最初の感染者を報告した医院を、保健所はいったん閉鎖させたが、これもひどい話だった。状況を勘違いして暴走したと言ってよいのでは?

③修学旅行・・・感染地域への修学旅行、これは緊急に中止勧告~命令が出るはずだと思っていたが、各学校の判断に任せていた。4月頃には北米で何かの感染症が発生した情報があったので、緊急の対応が必要だったはず。結果的にはたいした問題にならなくて済んだものの、病原性がもっと強かったら、それこそ致命的な結果になる。大規模な旅行中止によって、業者や教育関係者から非難されるのが怖かったのか?

③ワクチン接種の手続き・・・・ワクチン関係の手続きは複雑怪奇だった。書類を書いて送って、返事が来てまた送っての繰り返し。面倒だから普通のワクチンと同じルートで配布したほうが良かった。ワクチンはスピードが大事。小学校や幼稚園単位で流行する前に接種しないと意味がない。手続きをいかに省略するかという視点も大事なので、スマートな対応だったとは思えない。

料金が国によって決められたが、異様に高い。普通に考えれば、ワクチン会社が相当な利益を要求したに違いない。根拠はないのだが、ワクチン会社や製薬会社団体は天下り先かもと疑える。

要らぬ介入はしないほうが良かったかもしれない。製品の配給は民間に任せる。ただし、不当な分配が明らかになれば厳罰を覚悟せよといった省令だけ発表し、手続きは省略。スピードと効率を優先すべきではなかったか?ただし、一概には言えない。ひょっとすると事務官が仕切ったことで混乱が回避されたのかも知れない。

④バイヤルの形状・・・・ワクチン用の10cc入りバイヤルが送られてきたが、一人に0.5ccしか使わない。患者を集めるのに苦労したものの、当日になってキャンセルする人がかなりいた。待ってる間に感染したからだ。その分は無駄になってしまう。10ccバイヤルについては誰がどんな根拠で進言し、どんな経緯で導入を決めたのか解らないまま。なんで1ccバイヤルにしなかったのか?

アフリカあたりで住民を集めて接種する場合は10ccのほうが便利。でも、日本ではそうではない。単に現場を知らなくて、それが判らなかったのか?製薬会社に10ccボトルが余っていたからという製造側の都合か? 役人達が飲み会で単に思いついたのか?

⑤流通の量とタイミング・・・・・ワクチンの流通量が著しく不足したかと思いきや、海外から余剰に輸入して結局は数十億~数百億円の単位で捨てた(海外に供与?)らしい。ワクチンは遅れたら意味がない。仮に政府が何も介入せず自由な流通に任せていたら、どうなっていただろうか?拘束がなければ工夫のしようがあるから、臨機応変に対応できたはず。接種のスピードやコストに関しては、介入しないほうが良かったと思う。証明はできないが。

⑥行動記録・・・・証拠を残さない点に関しては慎重で、感心する。それが許されるのも驚異的なこと。公的な行為は記録が義務であり、記録しなければ何らかの処罰が必要。何か規定があると思う。でも誰も処罰はされなかったようだ。国家の危機になりかねない事象だったのに。

原発事故の対応も記録を残さないことには注意していたようで、後で問題を追及されないためには有効な対処法だった。職場での生き残りに関しては優秀ということ。本当に、記録なしが許されない規定はないのか?医者はカルテの記載が足りないと、激しく批判されるのだが・・・

⑦専門家・・・・医学雑誌に載っていた情報では、担当した医務官は研究の専門家で、感染症対応が専門ではないようだ。ウイルスのDNAを研究するのと、感染防御コントロールの実務とは別物。治療もまた別。救急外来で素晴らしい腕を振るっても、DNA研究で高い評価を得ても、感染症への戦略はピントが違う。対応を決める能力は別物で、WHOなどでの実務経験が必要。

大学の教授、講師は、戦略的な動きが必要な場においては、最初から落第と考える。彼らは研究の専門家だからだ。厚生省のエリートも無理。法律、事務処理の知識だけで臨機応変の対応は期待できない。政治家も無理。医師免許を持つ議員でも専門外と断言してよい。映画でローレンス・フィッシュバーンが演じた立場の人物が統括すべき。日本では大臣がコメントしたりしていたが、経済学者の大臣で役に立つはずがない。対応者が、そもそも間違っていた。

おそらく本来の専門家が腕を振るえない状態だったのでは?①~⑦いずれも事務官達の手腕や、考え方生き方が関係していたように疑う。証拠を隠蔽されているので根拠を持って言えるわけではないが、国家と国民を守る理念を、どこかで見失っていたように思えてならない。

事務官がウイルスより怖い最大の難敵だったかもしれない。今は新しい感染症への対策が決定されつつあるそうだが、現場の管理に強制力を持たせることに執着した内容らしい。弾力性のない対応になれば、また後手に回るはず。医療者たちが疑心暗鬼の状態で、果たして充分な活動ができるだろうか? 硫黄島に赴く兵隊のような気分だが・・・

怖ろしい感染症との戦いは、ちょうど戦争と同じ考えが必要。間違った人物を司令官にして、口先だけ勇ましい隊長が突撃を叫び、武器は持たされず、敵に囲まれた戦場の中で兵士になるかどうかの確認をされ、戦場で取り残され、敵にやられた後に武器を渡され、やっぱり突撃は中止などと言われたら、怒るのが普通ではないか?そんな戦いをする国は、滅びるのが当然。

映画を観ていて思ったが、物流が遮断されたら食料や燃料なども不足し、例えば電力が不足して冷蔵庫が使えない、感染病死ではなく餓死するということはないのか?そっちののほうが主流にならないのかと思った。

日本の看護婦は表立ってストライキはしないが、院長に圧力をかけて、密室で何か取引をする。本音を隠して何か別件を理由に職場放棄するはず。ただし、それは当然だ。強毒性ウイルスの場合は命がけになるので非難はできない。死ねとは言えない。使命感にすがるしかないと思う。

リアルな話で、映画の出来は良かった。娯楽性には少し欠けていたが、私には充分興味ある話であり、面白かった。でも一般の人はそうでもないかもしれない。子供には、おそらく今ひとつ。恋人と観ても楽しくはないだろう。何か涙を流すような美しい話が欲しかった。

「感染列島」は、主に医療人の視点で描かれた作品で、治療にあたる病院関係者が奮闘するから、構図としては単純。お涙頂戴のシーンも多く用意されていた。上手く描かないとシラケた感想を受ける人が多くなるが、感動させる話になる可能性もある。どっちが良いのだろうか?

役者達の演技はどれも素晴らしかった。当たり前だが、真面目に演じている感じ。

ただし、際立って心に訴える中心的なヒーロー、ヒロインがいなかったようには思う。どれもスターで、主役が誰かは曖昧。受け狙いで考えるなら、マット・デイモンが暴徒から家族を守り抜く話や、研究者が奇跡的な成果を挙げる、研究者達が自分らの命と引き換えに人類を守る、そんな単純な構図も欲しかった。

 

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