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2012年3月12日

ヒューゴの不思議な発明(2011)

Georges_melies

- 超能力は出ません -

パリの駅に住む少年が、自分の父親が残した機械を修理しようとする中で、ある老人の秘密が明らかになっていく・・・

・・・原作があるのだそうだ。よく考えついたアイディア。父親への想いが、強い力となって発見につながり、人々を動かしていく様子が美しく描かれていた。

2Dで鑑賞した。平日の午前中だったからか客は少なく、その場の感覚としては、あんまりヒットしているようには見えなかった。やはり、激しいカーアクションや宇宙戦争、怪物などが出現しないとヒットは難しいのかもしれない。

例えば映画で出てきた人形が、超能力を発揮して時間をさかのぼるといったファンタジーなら、「ああ、またCG満載の夢物語かよ、どうせ友人と兄弟達が旅をするんだろ?」みたいなパターン化への反感も感じてしまうだろうが、この作品はもっと高級だったようだ。超能力は出ない。

この作品はアカデミー賞の有力候補だった。でも結局はフランス映画の「アーチスト」に主要な賞を取られてしまって、技術関係の賞しか取れなかったようだ。確かに技術に関しては非常に高いレベルだったように思う。

冒頭のカメラワークからして実に凝っていた。今の映画は簡単にCG合成をするから、建物の窓だろうが壁だろうが、スルリと抜けていく映像には慣れっこになっているはずなのだが、たくさんの人が行き来する駅の中で、人を高速ですり抜けるカメラの動きが実に滑らかだった。本来は3Dでの鑑賞が望ましいらしい。

パリの街並みも実に細かいところまで再現されており、建物の中と外の画像の組み合わせも完璧な出来上がりで、今そこに居るとしか思えないリアルな映像だった。通りを歩く人達、店でくつろぐ紳士淑女達も、込み合い過ぎであった以外は生き生きとしていた。

主演の少年は上手かったと思うが、大人が感情移入するほどではなかったような気もする。弱々しい感じが強ければ、また印象が違っていたかもしれないのだが、何かしっかりした精神力を感じた。父親の死を、最初から乗り越えて生きていた感じがした。

少女役のクロエ・グレース・モレッツは、体型が猫背気味だった。この役には、どんな少女がイメージされたのだろうか? 謎解きや冒険に憧れる勇敢な少女?もしくは自分で何でも調べて謎を解決しようとする努力型の少女?主人公に深い友情、愛情を注ぐ母性の代わりのような少女?どれとしても、彼女のキャラクターには必ずしも合致していなかったような気がした。

ベン・キングズレーの演技は、当然のようだが素晴らしかった。深く心が傷ついた様子が強調されていなかったような気もしたが、何か監督の意図があったのだろうか?普通なら自分の過去の秘密が暴かれ、触れられたくない部分を皆が知ってしまったら、涙を流して抗議するか怒鳴り散らすか、倒れこんでしまいそうだが、ただベッドに座り込んだだけだった。理由がよく解らない。

映画全体のバランスとして、前半に相当する部分が長過ぎた印象を受けた。主人公が何かのきっかけを早い段階で掴み、何かを計画し動き出す部分が映画の大半を占めないと、話が盛り上がるはずがない。前置きの比重をかるくすべきではなかったか?特に子供達は、前半部分で注意力を失ってしまいそうな気がした。

実際に「月世界旅行(1902)」の映画が作られてから、この映画の舞台となった時代までは、ハロルド・ロイドの映画のシーンが流れていたくらいから、おそらく20年くらいが経っていた計算になる。まだサイレント映画が主流の時代だったろうから、月世界旅行の妙な演出法も気にならなかったかもしれない。

マーティン・スコセッシ監督は高齢だから、もしかすると問題となった「月世界旅行」の映画の実物を、学校か博物館でずっと以前に観ていたのかも知れない。研究者でないと興味を抱かないような映画。私もテレビで紹介されているところを観たことがあったが、月の顔にロケットが突き刺さるシーンだけで、他の内容は全く知らなかった。どうせ見るに耐えないのでは?という怖れのようなものもあって、わざわざ調べてもいなかった。

その問題の「月世界旅行」は、ネット上で公開されている。理解不能な”間”のある映画だが、当時はこれが最先端だったのだ。CGも3Dもあるわけないが、火薬や合成はたくさん使われている。時には脈絡のない爆発の映像もあり、その場の思いつきで劇を進めていたのではないかと想像する。

監督のジョルジュ・メリエス自身も、この作品で登場しているらしい。実際のところ、どれくらいの資金を投入して、どれくらいの収益を得て、どんなルートで興行したのか、たぶん手品芸の流れと同じような形態からではないかと思うのだが、事業としてどんな風に成り立っていたのか興味がある。今の映画会社とは全く違っていただろう。

まさかと思うが、銀行が金を出しただろうか?

サーカスなどもそうだろうが、グループ解散となると売却する資産は他の業種には全く使えない類の物ばかりだろうから、何も残らないという事態も考えられる。おそらく多くの映画会社が出ては消え、ほとんどは研究者の記録にしか残っていないのでは?メリエス氏は実際にも破産して、何かの売り子をしていたらしいと書かれている。

サイレント映画のスター達、弁士、エキストラなどの末路を扱った映画は多い。楽屋受けになってしまう傾向があると思うのだが、批評する人達は当然ながら映画好きの人達だから、前評判は高い。でも、そんなに映画が好きでたまらない人ばかりではないから、この手の作品は大ヒットには至らない傾向もある。

でも良い映画だった。心温まる話だった。アカデミー作品賞にふさわしいとは思わないが、家族でも恋人でも、大人でも子供でも楽しめる作品だと思う。

 

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