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2012年3月18日

フェア・ゲーム(2010)

- 民主主義を守る戦い -

CIAの一員であるヒロインは、本名や住所を暴露されてしまう。夫の文章がホワイトハウスを怒らせたかららしい。身の危険と夫婦仲の悪化のために、事態は最悪になる・・・

・・・サスペンス仕立ての娯楽作品だったが、事件からまだ10年くらいしか経っていないはず。こんな内容を、まだ存命の人が多い時期に映画化できてしまうところが凄いと思う。日本だったら余計な配慮が働いたり、持ちつ持たれつの関係にある資金提供者から製作中止の指示が来るだろう。

気概を持って対抗してくれる上司は、日本では稀有の存在。国家や民主主義よりも、自分の収入や立場のほうが大事だと思っているから。親戚も遠巻きにして助けない。「あんたのせいで近所から白い眼でみられんのよ!」と言うだろう。職場も家族も皆が敵に回り、真相など気にしない。そういう違いはある。

公共のものに対する感覚が違う。確かに民主主義が世の全てではない。自分の出世や仲間意識は大事で、いざという時に自分を守ってくれる力を確保しないと大変。でも公共の利益に反する可能性があれば、それなりの対応もあろうに。力で民主主義を守ってきた国との伝統の違いだろうか。

告発者を保護するシステムに違いがあるのかも。

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ヒロインのナオミ・ワッツは結構老けてきたものの美しい。シリアスなドラマでは雰囲気が出る。夫役のショーン・ペンは、本来なら敵側の人の役のほうが合っていたと思う。極悪の補佐官を演じて欲しかった。悪役に迫力があれば作品は受けるはずだから、残念だった。

ヒロインの素性を公表した手段は、誰が考えても違法で、国家にとっても許しがたい反逆行為だと思うのだが、ホワイトハウスの補佐官達はどうしてそんな行為に走ったのだろう?過去にそんな行為を働いた人物がたくさん居たのだろうか?実はこっそりバラして、敵対勢力との交渉に使った過去もあったのかも知れない。

もしスパイの素性を公表したことがバレたら、CIA全体を敵に回すことも覚悟しないといけない。絶対にバレないと思ったのだろうか?記者の著名がある記事ならば、情報源をたどって絶対にバレると思うのが普通だろう。新聞での暴露は最悪の方法。

おそらく補佐官達もやりたくなかったのだが、大統領か副大統領が強硬に命じたので従ったと考えるのが自然ではないか?ヒロインの素性を公表しないならクビだし、ブタバコに送ってやるくらいは言われたに違いない。法を犯す危険を犯してまでやったからには、それなりの理由があったに違いない。

裁判や審査の結果では、結局は大統領や副大統領が逮捕されるような事態にはならなかったようだが、ウヤムヤに済ませざるをえないと考えられたのだろう。ウォーターゲート事件なみのスキャンダルは、皆が嫌だったのでは?当時は戦争が続いていたから、国のトップグループの不祥事は敬遠される。

当時、この事件は日本でも報道されてはいたが、あんまり大きな扱いではなかった。日本のマスコミには、あちらの政府機関の力は充分過ぎるほどに働いているから、センセーショナルな扱いにならなかったからだろう。それにCIAやホワイトハウスのスキャンダルは、米国では大きな事項だが、日本では手の届かない世界の話。直接の選挙にも関係ない。

ただし、CIA関係者が自分の保身のことを考えて黙っていたせいで多くの死傷者が出る場合にも、やはり黙っておくべきか?無関心でいて良かったのか?

「もう戦争は始まってしまって、今更なにか言っても遅い。それなら黙っているのも許される・・・」 そんな風に考えるのが大半で、私がCIA職員でもたぶんそうだろうが、それで良いわけではない。

ラストで夫役の元大使が講演する内容が、この映画の主題とも言える。つまり、政府が違法行為を働いたら、それを見逃してはいけない。勇気を持って告発することが、政治を守るために必須。実際には、その行為によって当人が社会から排除されてしまうことも多いのだが、そうしないと連邦制を維持できないというのが主張。連邦制=民主主義と考えていいだろう。

戦う相手が、まさに民主主義の代表であるべき連邦政府の高官というのが皮肉だが、権力ある地位についた人間は、ついつい民主主義の敵に成り下がるのが普通のことなんだろう。各州の権利を制限して調整をするのが連邦政府の仕事の基本。それが時には行き過ぎてしまいがちなだけの、何の不思議もない現象なんだろう。

米国は選挙制度に関しては民主主義だが、統治まで民主的とは限らない。詐欺まがいのキャンペーンが通常のように行われ、敵に対してはスケープゴート的な激しい攻撃で完全に打ちのめすクセがあるんだろう。

日本の場合、連邦制とは関係ないが、似たような事件は沖縄返還密約を扱った「運命の人」が有名。これも最近になって米国の公文書が公表されて真実が明らかになったものの、長いこと不倫事件として片付けられていた。マスコミへの工作、マスコミ自身の性格によって、スキャンダルの矛先が変えられたというわけだろう。

fair gameは、公正な勝負という皮肉かと思っていたら、カモとか標的という意味らしい。まさに、かっこうの標的にされてしまった人達の悲劇を描いていた。

仮に自分が総理配下の人間だったら、たぶん同じような工作をするだろう。告発してくる人物の信用を落とす必要があれば、その人物の個人情報を調査するのが常道。馴染みの新聞社を使ってキャンペーンを張り、告発者が単なる売名行為をやってるに過ぎないような印象を与えようと工夫するに違いない。

もちろん違法行為をはたらこうとは思わないが、法が許す限界までやるのが仕事と考えざるを得ない。そうしないと、敵の攻撃をもろに喰らってしまう。「運命の人」に関係した検事やマスコミも、法的には問題なかったのかも知れない。人道的には酷いが。

密約自体が違法なのかどうかも判らない。道義的には国民に対する大変な裏切り行為だが、処罰の基準となる法律があるのだろうか?公文書の暴露は一般的には違法だろうが、その内容が密約だった場合も違法とする必要はない。問題とする文書の内容まで規定した法律は、たぶんないだろう。

どう定めるべきか判らないのだが、公表する文書の性格からの観点も本来なら必要だった。国民を裏切る密約さえ守る必要があると規定したら、もう国民の権利など認めないという流れになる。実際に文章化するのは難しいだろうが、政府を一方的に守る法律であってはいけない。

裁判所も、もし民主主義を守ろうと思うなら、その配慮をして欲しかった。西山記者を断罪するなら、根拠となった法が、そもそも憲法違反というくらいの気概が欲しい。そういった判決の積み重ねでしか民主主義は守れないのだから。

マスコミを使って攻撃されたら、一般人が戦うのは難しい。テレビで何か訴えても編集されてしまうし、キャスターが一方的な態度で何か言ったら、普通の人たちは直ぐに洗脳されてしまい、こちらが何を言おうと信用してもらえなくなると思う。

それに裁判官も最初から敵側と考えるべき。気概を持った人物が、そんなに多いはずはない。警察も冷淡。近所もそう。味方が全くいない状態で耐えるのは辛い。

幸いだったのは、小説の作者である山崎豊子氏への攻撃が徹底しなかったこと。脅迫はあったはずだが、右翼などを使って目立つ形で何かやっていたら、さすがに隠せないと判断したのだろう。女性の作家であったことは、日本の場合は有意義だった。アメリカでは女性でも簡単に消されかねない。

告発がないと、政府の犯罪を正すことができない。告発者を保護する法整備が必要だろうが、あんまり期待は出来ない。

横浜市長だった人物(中田氏?)は、でっち上げによって随分と攻撃されたらしい。一般の人の場合、市長のくせにけしからんという告発を週刊誌などで読めば、直ちにそうかも、なるほどと思ってしまう。が、周到に準備されたガセネタで、火のないところの煙だったかも知れない。

自分の場合、市長にはなれそうもない。浮気のでっち上げでもされたら、「そうそう、あいつはそんなやつだった。」と、皆が直ぐ納得してしまいそう。何を攻撃の材料にされるか解らないので、身辺は綺麗にしておきたい。冗談でも女性のお尻を話題にするのは止めようっと。

 

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