映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« ヒューゴの不思議な発明(2011) | トップページ | フェア・ゲーム(2010) »

2012年3月15日

レインメーカー(1997)

- 判事が決め手 -

法律学校を卒業したばかりの新米が弁護士となり、法廷で争う最初の相手は大手の保険会社。敏腕弁護団を相手に、新米弁護士は戦い通すことができるか?

・・・スター達が集まって見ごたえある戦いを繰り広げていた。特に印象的だったのはダニー・デヴィート演じる補佐役。ヒロインのクレア・デインズ。ボス役のミッキー・ローク。それぞれが味を出していて、個性的だった。

ダニー・デヴィートはいつもながらの存在感。稀有の存在だと思う。似たような体型の役者はいると思うのだが、キャリアの凄さだろうか、彼を凌駕するほどの小柄系役者はいない。「カッコーの巣の上で」の時代には、ここまで息の長い活躍をするとは思わなかった。ラストで家から出る前に、襲ってくる人間がいないか確認する仕草がおかしい。

クレア・デインズは、この作品での役柄が良かったせいもあるのだろうが、オドオドした目の表情などが実にリアルで存在感があって、他の映画の彼女とはずいぶん違う。

ミッキー・ロークは、この作品の当時はチョイ役が多かったはずだが、既に昨今のふてぶてしい役柄を演じていて、なかなかの好演。大事な個性だった。

敵役であるジョン・ボイトも悪くなかったが、彼にキレ者という印象が沸くだろうか?メガネをかけてスマートな衣装に身を包んだ、見るからにイヤラシイ切れ者、そんな役者が他にもいたのでは?ボイト氏でなくても良かったはず。

コッポラ監督の作品らしい特徴は感じなかった。オーソドックスで、やるべき演出をきちんとこなしているかのような作品。つまり、上手い演出なんだろう。ドキドキするような怖さ、勝敗のスリルはやや不足していたかもしれないので、浮ついてない重厚な演出と思えるが、逆に言えば盛り上げ不足だったかもしれない。

唯一、あわや主人公が暴行でやられそうというシーンもあった。確かに動きは自然で、ちゃんと殺陣として成立していたが、恐怖の演出に関しては、やや大人しい。

その関係で、若い観客が「ああ、面白かったねえ!」と、うなるような作品とは思えない。でも恋人といっしょになら、主人公のカップルの今後に期待したい気持ちになれそうで、なかなかよろしいかも。子供が観て楽しい作品だとは思えないが、教育上の問題があるとも言えないし、まあ家族でみることも可能では?

レインメーカーという言い方は、確か裁判で膨大な金額の賠償金を得る弁護士を指すと思う。例えば株取引で大儲けする場合は、ニュアンス的にやや合わないのでは?この映画の原作が語源か、昔からある言葉かは判らない。

本物のレインメーカーなら、会社から搾れるだけ搾り取って、それでも会社を存続させないといけない。したがって、この弁護士君は二流という敵方の意見も正解かも知れない。せめて、陪審員達が会社が存続可能なギリギリの数字を出してくれていたら良かったのだが・・・

法廷では古い判例を引き合いにして論証するシーンが多いが、もしかして今はタブレットを持って戦う弁護士がいないだろうか?検索機能を使って、「盗品 証拠採用 判例」などと入力すると、何年の誰の判例などと表示され、直ちに反論といった具合に、ITで経験のギャップを跳ね除けるこも可能。裁判長が認めればだが。

保険会社の弁護の文の中で、「もし会社が敗訴すれば、保険は破綻し、満足な給付は期待できないが、それでも良いのか?」という論旨の話があった。まさに、それは今日も残る論理。TPPが成立したら、米国の保険会社が根拠としそうな論旨だろう。

おそらく高度医療がいかに素晴らしいか、メディアを使って執拗なキャンペーンが張られるだろう。こんな夢のような技術を認めない健康保険は役に立たない、意味がない、そういった気分にさせるに違いない。

高度な医療を受けたいなら、欧米の保険に加入しないとダメという時代はすぐそこに来ている印象。公的な保険を維持するのも難しくなってきているし、いっそ完全に民間に移行という考え方も成立しうる時代になってきたと思う。NTTや郵便事業と同じく、複数の社会保険株式会社が分離独立し、それぞれ顧客を募る・・・ありえる話。

が、営利目的で存在する会社では、支払いを操作されないはずはない。「会社を破綻させて良いのか!」という論調の圧力がかかれば、司法の世界は会社に有利な判決を下すと思う。

司法関係者が保険会社に天下り・・・それも充分に考えられる。つまり判事が誰か、ちゃんと正当に判定する人物かどうかが大事。この映画でもそうだった。判事をどう選ぶか?本来なら、判事を選ぶのは裁判員が望ましい。出世具合も、過去の所業から判断させるのが良い。裁判所に判断させたら、天下り先の利益を優先してくるのが道理。事実上、国民が選ぶ権利を破棄している現在のシステムは、そもそもの間違いの元。

 

 

« ヒューゴの不思議な発明(2011) | トップページ | フェア・ゲーム(2010) »