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2012年3月27日

太陽の帝国(1987)

- 観客は誰? -

日中戦争当時、日本軍の捕虜となり収容所に収容された少年の物語。飛行機好きで、日本の空軍に入りたいと考えていた少年が、物を盗まれ食べるものもなく、大人達に利用される生活の中で生き抜いていく・・・・

・・・生き抜くことがテーマだったと思う。その点で、しっかりと線の通った演出だったと言える。しかし、感動につながる何かの工夫が足りなかったのではないかとも思えた。

主人公を演じていたのがクリスチャン・ベイルだったとは知らなかった。面影は今も残っている。この当時の演技力にも凄いものがある。随分と早熟だったようだ。今より凄いかも知れない。可愛らしさは足りないが、消耗し無表情になっていく様子などは素晴らしい。

マルコビッチがずるく、しかし魅力的な人物を演じている。主人公を助けるのだが、必要に応じて利用もする。なんにせよ深く関わる、互いの心情に強く影響する、でも結局は助けない、そんな大人社会の流儀のようなものをよく表現していた。

Warnerbros

日本側では少年兵役と伊武雅人が目立っていたが、扱いが非常に大きかったとは言えない。なぜか知らないが、ハリウッド映画にはガッツ石松がよく採用される。野蛮な感じを出す時には最適な顔立ちだからか?ガッツ氏には悪いが、日本兵の代表が彼だったら、やはりイメージ悪過ぎる。

日本兵との交流が話の中心ではないから、この作品における兵士の扱いは適度なレベルだったかも。一方的に残虐な兵士達と描いていなかった点は、他の外国映画よりはマシだった。他の映画だったら、少年が顔を出した途端に銃を発砲してそうだ。いっぽうで、腹いせに窓ガラスを割ったりしている。かなり本来の姿に近い演出かも。

ただし、映画としての”受け”を考えたら、これはまずかった。日本兵をとことん悪役にすべきだった。少数の兵士は良識的で同情に満ちた対応を採ってくれるが、大半は人情のない悪魔のような連中として描いたほうが解りやすい。我々としては観たくなくなるが。

主人公達が殴られ、空腹に悩み、いじめ抜かれないと作品に訴える力が出ない。

中国人の描き方は最悪。主人がいなくなったら平気で家の家具を持ち出し、主人公を引っ叩き、上等の靴は取り上げ、騒ぎまくり、各自がバラバラで統制が取れず、収容所の中にまで盗みに入るなど、救いようのない連中。こんな描き方であるにも関わらず、よく撮影許可が降りたものだと驚く。

当時の共産党幹部は、自国の国民の悪い性格に関してスピルバーグ監督と同意見だったと言う事が証明された・・・というのは冗談だが、許可が降りたのはある意味で共産党革命より革命的だった。

この当時、欧米の一般人を捕虜にしていたことすら知らなかった。戦術上のメリットなど考えられないので、あっさり本国に送り返しても良くなかっただろうか?収容所の維持費、人道的な面、どうせ交渉材料にできないことなどを考えると、捕虜なんかいないほうがいいと思う。

当時、一般人の捕虜をとってメリットがあったのだろうか?テロリストたちの誘拐は別だが、国家同士の戦いの場では、捕虜は面倒を生むだけではないか?バターンの死の行進などは今でも最悪の虐待として考えられているが、捕虜に工事をさせても効率がいいのだろうか?手抜き工事をされたら大変だと思うが。まして一般市民の捕虜は、虐待以外の何物でもない。

日露戦争までの時代にも、市民を捕虜にしたことがあったのだろうか?知らないだけで、ロシヤ商人などを捕まえていたのだろうか?

中国のどこかの都市には、日本がわざわざ建設した収容所が残っていて、今は博物館になっているそうだが、収容所を作る建設費を戦費に回したほうが効率が良い。もしかして、当時も建設業者の圧力で建設費に金を注ぎ込ませたのか?どんな事情があったにせよ、一般人を捕虜にするのは人道に反し、言い訳のしようがない。

日本の戦略もまずかったが、日本の交渉の失敗の理由のひとつは、人種差別だったと思う。あえて日本と友好関係を築きたい欧米諸国はない。ロシアと対抗するイギリス、イギリスと対抗するドイツくらいが例外で、やむなく一時的な同盟を結ぶだけで、すう勢から考えて全ての欧米諸国から敵視されるはずなんで、捕虜は最悪だった。仮に戦争が有利に終結しても、きっと裁判沙汰が待っていると考えるべき。

どれほど虐待したのかは充分描かれてはいなかった。それがテーマではないからだろう。実際はどうだったろうか?全くなかったはずはない。食糧事情に差があるから、ゴボウみたいな野菜を食事に入れたら、雑草を喰わせたと怒る欧米人もいたろう。兵站の戦略が欠けていたから、日本兵だって良いものを喰っていたはずはない。まして捕虜はひどかったろう。

感動につながる何かが、やや足りないような印象を受けた。おそらくは親子の再会、友人との死別などであろう。戦争の勝利や収容所からの開放だけではダメだし、ただ少年が学び、成長するだけでもいけない。せっかく巨額の費用をかけて映画を作るんだから、もっと工夫が必要だったと思う。

少年が塔に登って、米軍機の攻撃を見るシーン。塔に登ったのはまずかった。視界がよくなりすぎて、広大な領域で戦闘が行われてはいないこと、セットを組んだロケ地の狭い範囲で擬似的に爆撃をしているに過ぎないことが一目瞭然としてしまった。塔に登ることは必須の条件ではない。

爆撃機の攻撃の迫力は、上からのカメラでは解りにくい。下にいる人間の目線で、自分に破片が飛んでくる恐怖を表現できる位置から写すべきである。セットの規模も解らないほうが絶対にいい。

この作品は子供にも、恋人達にも向かない。家族で観る作品ではない。誰が観客の対象となるかの企画会議があったのかどうか解らないが、ヒットは最初から望みにくい作品だったと思う。少年の怒りや虚脱感に我々が共感できるための、激しいインパクトが必要だった。

ソツのないスピルバーグ監督には珍しい、何かが足りない映画だと思う。

 

 

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