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2012年3月 3日

我が道を往く(1944)

- 主人公との違い -

ビング・クロスビー主演の古い作品。新任の神父が、前任の老神父との意見の相違、経済的な苦境、少年達との交渉などに腕を発揮し、問題を解決していく話。

年老いた老神父役の役者が実に素晴らしい表情を見せている。老け方の加減が良かった。やり過ぎるとリアルでなくなり、観客の不興を買ってしまうが、好感を持たれながら主人公に手柄を持たせる役割を果たし、今でも通用しそうな完璧な演技だった。助演男優賞を取ったのも当然。

教会で働いている女性なども、実にそれらしい女優を選んであった。わざとらしい演技ではあったが、表情は当時の約束のようなもので、気にしてはいけないだろう。

不動産管理者の息子が、やたらハンサムでニヤついているのはおかしい。もっと商売熱心でないと、絶対に不自然だ。

この作品、恋人といっしょに観るような代物ではないと思う。さすがに古すぎる。宗教関係者であっても無理ではないかと感じる。子供達にもそうだろう。不良たちが素直すぎる。もっとヒネていて、主人公を裏切らないとリアルでない。

映画の雰囲気が静かで、大人しいユーモアに満ちて、落ち着いている。派手に物語を盛り上げ、感動作にするぞという意気込みよりも、その語り口に注意したようだ。これが当時は成功していた。ただし、今の時代には観客から呆れられるだけだろう。子供も家族も恋人も、誰も楽しんではくれないかも。

歌手の主人公であるにもかかわらず、映画の中の曲は印象に残らなかった。「ホワイト・クリスマス」のような、まず有名な曲のイメージが強調されない作品の作り方だったかもしれない。あくまで物語を優先したのは正解。

ぼんやりしたようにも見えるビング・クロスビーの顔や低く穏やかな声も、この雰囲気に合っていた。今、彼のような声のシンガーは流行らない。攻撃的な口調でないと訴えかけるものがないという具合。

とにかく物語が出来過ぎていた。そうそう何もかも上手くいくはずがない。消費税の導入も難しいが、この物語の実現も難しいだろう。

夢にあふれたアメリカでも、普通なら少年達は最初から言うことを全く聞かず、合唱なんぞバカにして誰も続けてくれず、町の連中はあっさり神父を殴り倒し、老神父は極度の頑固者で、これまた自説をゆずることはなく、裏から手を回して新任をクビにしようとするし、上司である司教も政治的な理由でこれを了承。あわれ、主人公は路頭に迷って盗みをはたらく・・・・

そこまでの大悲劇にはならないとしても、ドンズマリくらいにはなりそうだ。理想主義の時代とは言え、やはり無理はあったはず。

教会を再建するための募金集めに関連して思ったのだが、日本の財政の問題は要するに貯金を貯め込まないと不安な状況にあり、金を動かさせて景気を回復し、税収を上げて財政を再建するという流れにしないといけない。誰でも金を無駄に失うのは嫌だから、貯めていても無駄だと認識させ、また海外投資家には投資で儲けがくることを予想させないといけない。

資産に対する課税方法は色々あると思うが、ある程度は増やさざるを得ないのではないか?貯金されると困るので、貯金や証券の保有に対しては一定の課税が必要だろう。今の固定資産税の規定には呆れることも多いし、企業に土地の権利が集中しないように、また海外に資産を移されにくいように対処が必要ではあろうが、可能だとは思う。

タンス預金するくらいなら何かを買いたい、そんな気にさせるのも難しいだろうが、ややインフレ傾向に持っていけば実現しうるはず。金が動かなければ、何事も解決しようがない。

主人公も時には腹を立てていたようだったが、ほとんどのシーンではクレバーで、穏やかな態度をとって、声を荒げて誰かをどなるようなことはなかった。この点は見習わないといけない。現実はずっと厳しいとしても、自分も他の人に混じって心ない行動をとって良いとは言えない。

何かを落としたり、やりそこなう度に「このくそ野郎!」と、周りに誰も野郎なんかいなくても怒鳴ってしまう私は、けっして映画の主人公にはなれない。車の運転中、自分が安全運転をしているから、対向車が無茶なことをすると、「クソバカのクズバカ!」などと叫ぶ。新しい言葉を作ってまで怒っているようでは主人公とは違い過ぎる。

先日、雪の舞い散る峠を越えようとしていたら、なんとトンネルの出口をふさいでタイヤチェーンをまいているトラックに遭遇。雪まみれにならないから、良い場所だと思ったのか?頭いいねえ・・・ってなわけはない。危ないでしょうが!

その先では、凍った橋の上で同じくチェーンを装着している別の車。これらの車の横を慎重に越えようとすると、対向車がノンストップで走ってくる。あわててこちらが避けたから良かったが、相手は止まると危険と判断したのか?

あいつらは絶対にクソバカが正当な評価だと思うんだが・・・まあいい。私は我が道を走行するだけじゃい。

 

 

 

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