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2012年2月14日

恋とニュースのつくり方(2011)

- サクセス好き -

テレビ番組のプロデューサー志望の女性が、クセのあるキャスター達に振り回されながら、仕事と恋を成就させようと奮闘する物語。

アメリカは、やはりビジネスのための国家である。プランテーションから発生した国。あくなき成功意欲がインディアンを蹴散らし、プランテーション→入植→企業買収→工業化、巨大企業化→マネーゲーム化・・・・と言ったら短絡的に過ぎるが、それに近い経路で変化してきた国。ビジネスで成功する夢を描くと、作り手も観客も実に楽しくなりそう。

実際には競争が激しいので、ヒロインのような成功は滅多にない。人種、言語、学歴、家柄などでハンデを背負って、映画とは正反対の道に進んでしまうほうが多いはずだが、でも繰り返し、この種のサクセスストーリーが作られている。完全に食傷状態。

でも、この作品は出来が良い。歯の浮くような軽さが、あんまり感じられなかった。子供には退屈かもしれないが、一定の年代以上なら、そこそこ共感を得るのでは?ただし、爆笑シーンはないし、涙を流すほどの感動も期待できないと思う。清々しい気分にはさせてくれるが。

夢も希望も少ない日本の場合は、夢のあるサクセスストーリーが望まれる。若い観客には、ぜひこの作品を観て元気を出して欲しい。子供には向かない作品だろうが、青年ならOK.非常に受けるかどうかは解らないが。

ヒロインが何かドジって笑いを取るシーンがなかったわけではない。皮肉たっぷりの上司がヒロインを困らせる、足を引っ張られる、味付けのためのヒーロー君との恋も用意されていたし、本当にパターン通りの展開だったのだが、ソツがなかった。

よくヒロインが派手に転んだり、ギャグに走って短時間の爆笑を得る作品が多いが、あんまり程度が過ぎると後半の盛り上げの場面が白々しくなることがある。近年だと、キャサリン・ハイグルが美しい顔をゆがめて何かドジることがある。あれはやりすぎ。かといって真面目なシーン、おとなしすぎるシーンばかりでは観客の興味が持たない。その加減が非常に難しいと思う。

ヒロインは、この種の映画での近年のヒロイン達よりは美形じゃないと思う。目立って可愛らしい、可憐な感じのする女優がタフに頑張るのが一般的だが、やや庶民的な、普通の風貌の女優だったのが成功につながっていたのかも知れない。

冒頭でイケメンの男性とデートするシーンが効果的だった。デートで一方的にしゃべり続ける姿などは非常に上手かった。演じ方が難しい。リアルに演じると、観客からも嫌われるような迫力あるキャリアウーマンになってしまう。あんまり受けを狙うと、ぶりっ子ぶりが嫌われる、そんな微妙なバランスを、うまくこなしていた。

そう言えば、私自身もデートではバカ話をベラベラして、相手を辟易させていた。基本的に、相手をだまくらかそうといった魂胆がないので、相手の機嫌を取ることにやっきになって、かえって嫌われるパターンにはまっていた。解っていても、愛想笑いをやってしまうのだ。

愛想笑いをしないほうが良い場面で笑うということは、このヒロインは人が良いということ。これはアメリカでもそうなんだろう。どこか要領の悪い、ぎこちない所があるということだろう。これはアメリカでは特につけいれられるが、好感にもつながる。

ヒロインのレイチェル・マクアダムスは、「君に読む物語」では恋愛映画には庶民的過ぎ、やや不向きな印象を受けたが、サクセスストーリー、ラブコメには最適な個性なのかも知れない。きっと、悪女役もなんなくこなすような気がする。

ハリソン・フォードが一種の嫌われ役、兼、良きスタッフ~上司の役割を演じていたが、この存在はかなり効果的だった。もともとハン・ソロ船長時代も一種の嫌われ役だったからイメージに近いし、好かれる嫌われ役はそんなにいないので、適役だった。

笑いをとるための個性的なスタッフ達、ハンサムな恋人役として頻繁に出演しているパトリック・ウィルソンなども役割をちゃんとこなしていた。

 

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