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2012年2月11日

ブラジルから来た少年(1978)

- 怖い話 -

ナチスの残党が南米に集まって何かを計画している。謎を探っていた青年が殺され、老人が探索に乗り出すが、大きな危険が迫っていた・・・・

・・・怖ろしい話だった。アイディアは誰でも考えつくようなものだが、それを作品に仕上げ、徐々に謎が明らかになる仕組みに仕立て上げる、その手腕が素晴らしかった。

原作は、「ステップフォードワイフ」などを書いた人らしい。怖い話が、娯楽のレベルに上手に変換されていた。

主人公は悪役であるグレゴリー・ペックのほうだった。あんまり上手い演技には見えなかった。それまで人に殴りかかるような役を演じることが少なかったからだろうが、イメージに合ってはいなかった。

いっぽうの探索者、老人のローレンス・オリヴィエは、かなりもうろくした老人の姿が素晴らしかった。実際にも71歳で相当な高齢ではあったが、格闘まで何とかやっていた。こちらは、その前に「マラソンマン」で見せたのとは逆の立場であったにも関わらず、魅力的でさえある個性だった。年寄りぶりが笑いを誘う。

主人公?が演じたヨゼフ・メンゲレ医師については、恥ずかしながら全く知らなかった。実在の人物だそうだ。とうとう天寿を全うしたと言われているから、本人も用心深く、それに協力者も多かったんだろう。

人道に反する人体実験・・・、怖ろしいことだが、珍しくはない。真摯に考えるべきテーマなので、あえて文章にしてみたい。コメントしないことが利口というのが一般的な風潮というか傾向だが、そのような利口さが社会全体の風潮である限り、倫理的な問題は闇に隠れてはびこる。コメントしない人を信用してはならないと考える。

九大医学部も戦時中に捕虜の解剖や人体実験をやっていたらしいし、旧満州でも怖ろしい人体実験が多数行われたらしい。人体実験はヨゼフ医師だけの専売特許ではない。

満州の部隊や九大の先生方は、その後どうなったんだろうか?かなりの人が処刑されたらしいが、生き残って研究や診療を再開した者もいたはずだ。石井部隊の石井氏は、情報を米側に渡すことで生き残り、医院を開業したとのことで驚く。大学以外だったら、もっとたくさんあった話かも知れない。

論点がずれてしまうが、そもそも無差別爆撃などという怖ろしい作戦をやらかしておいて、捕虜の虐待を問題にするなどおかしい。まず作戦の非人間性を訴訟の対象とすべき。その結審がついてから、付随する捕虜問題を議論すべき。

一般人を殺戮した究極の殺人者。住民がリンチにして裁くのは問題だが、住民も裁きに参加する権利くらいはあるだろう。捕虜の虐待は、心情的には理解できても、もちろん許されるものではない。

命令によって出兵していた米兵の犠牲者には申し訳ないが、兵士が降参したら捕虜として裁判を要求できるなら、空襲でやられている一般人こそ攻撃の中止、捕虜としての扱いを要求できないのだろうか?米軍兵士を一方的に優遇してはいけない。

住民一人一人の意志を確認しえない攻撃は、そもそも違法と考える。勝者が敗者を裁く軍事法廷も理にかなっていない。判事には敗戦側も含まれないと公平でないし、第三国が国際法や双方の法律に照らして判断すべきものだ。

論点を戻す。

もちろん、意志に反する解剖や人体実験は、いかなる理由があろうとも正当化できない。敵だろうと味方だろうと、医者だろうと軍人だろうと、それは変わらない。

もし自分が実験を上司から命じられた時、拒否する勇気があるだろうか?拒否することで出世を諦めるというだけなら悩まない。実際にも、そのように行動してきたから。(もちろん命じられたのは人体実験ではないが。)

ただし、拒否したら刑罰や死を意味する場合に、頑として拒否できる自信はない。家族を人質にとられて危害を加えられるかどうかといったら、諦めるしかないから。戦時中は、実際にそうであったはず。

つまり、正論を気取る私自身も今だから言えるだけで、拒否したら直ちに処刑か強制労働という環境なら、利口に徹する必要がある。生き残らないと話にならない。出世だけの問題なら話もできるという、一定の条件はある。

あくまで印象だが、医者達のほとんどは命令だからという理屈で、人体実験を拒否しないだろう。生命の危険が及ばずとも、従うだろう。もちろん喜んでやる人はいないだろうが、博士号などが絡むとデータ捏造程度は珍しくないから、何かの理屈で自分を納得させて命令に従うに違いない。

出世をチラつかせるだけで充分に不正な命令を遂行できると思う。当時も今も、それに変わりはないはず。必ず拒否して死ねるほどの覚悟がない自分が、誰彼を批評できるわけではないが、社会的状況にも抗って患者を守れるほど人間性に優れた医者は、やはり少数派に過ぎないと思う。

優秀有能そうな医者であっても、保身や博士号、学会でも出世をエサにされたら、良心にフタをかぶせる人は多い。医者に限らない。原子力発電に関係していた学者達も、たぶん同じだったのだろう。あらゆる官公庁の役人も、ほぼ間違いなくそのような状況にあると想像する。

したがって、原発の関係者を吊るし上げても本質的な意味はない。推進した代議士や役人達は裁判の対象だと思うが、発電所の職員を批判しても始まらないだろう。犯したミスを正確に記録し、後世の役に立てることだけを考えるべき。

個々人を批判しても仕方がない。倫理的判断が出世に悪影響を与えないシステムが必要である。倫理に反した命令は拒否できて、それによって自分の処遇が変わらないという保障が必要。その原則が守られない限り、その組織は衰退に入る。声高にモラルの問題を追及しても始まらない。いかにシステムを作り上げるかが大事。その点をおろそかにすると、当然の結果が出てくるだけ。

人事で厳しく管理することが組織の運営のために必要・・・そのような視点ばっかりに注目してきた組織は、やはり腐敗する。その結果を甘んじて受けるしかない。

個人が身の危険を感じながら倫理的判断を迫られる・・・そんな事態が少ない明快なシステムがあること、それが重要。それがどれくらい大事で、それを作るために自分がどう処すべきか、その観点ができた人物が選ばれるかどうか、そこも重要。

さて、人のコピーが出来たとして、どれほどの意味があるのかは解らない。成長段階で何を感じ、学ぶかによって、能力や性格もずいぶん違ってくると思う。一卵性双生児でさえ、全く同じ人生を歩むことは少ないだろう。

見た目だけならそっくり同じになるから、マリリン・モンローなんかはぜひ再生して欲しい。イチローと、見た目だけ同じで野球の能力は普通、そんなコピーなら要らない。メッシのコピーとロナウドのコピーを頂いて、日本で育てて日本代表チームを作るのは面白いかも。

劇中では「子供を殺す」と言う若者がいたが、確かに政治的に利用されて勢力を回復されると困るので、排除するという意味では判るものの、殺人には変わりない。そもそも、その必要もないはず。

 

 

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