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2012年2月 2日

シンデレラ・リバティ(1973)

- 不幸の中の笑い -

水兵と子持ちの娼婦の恋の物語。水兵は認識票が行方不明になって、身分を確保できない。娼婦は生活保護をうち切られそうになる。彼らには次々と災難がふりかかるが・・・

・・・究極の不幸とは言えないが、アメリカの白人では相当に不幸な部類にいるカップル。不幸さが徹底すると、なぜか苦笑めいて可笑しいような気持ちになる。

ヒロインのマーシャ・メイスンが懐かしい。グッバイガールなどにも出演していたが、実に存在感のある女優だった。顔が素晴らしい。クセがありすぎて美人ではないと思う。悪女役でも勤まりそう。でも、この作品においては意地が悪そうな感じはないし、どことなく愉快な印象を受けるシーンが多い。

ケンカをして激しくののしっても、ドアをバタンと閉めようとしたら、閉まりきれずに笑ってしまうなど、演出の効果もあったのだろう。笑いの要素を含んだ悲劇、不幸の中の笑いという設定だった。

不幸な女、恋愛下手な女を演じさせると非常に存在感があった。妙に美人でないところや、確かな演技力があったからだろう。病院で気を失いそうになって倒れるシーンでは、倒れ方が他の女優達より一段上の感じを受けた。演技臭さが全くない。それでいて、きっちり表現し、存在感もある。まさに本職の凄さ。

あちらの女性は「Oh!」などと大げさに声を出したり、動作もオーバーでわざとらしい人が多いが、実際に倒れる時にはそういった仕草のかけらもなく倒れるはず。演技を意識していてはいけない。

バーで酔っ払いながらビリヤードをするシーンの表情が最高。色っぽくて下品で、そのうえシタタカに生きている感じが実に上手かった。

主人公のジェームズ・カーンは、「ゴッドファーザー」の長男役で有名だが、この作品での役柄は全く違っていて、こちらも役者として本職の存在感を感じさせる。そのほか、病院の上官役のバート・ヤングや教官役のイーライ・ウォーラックなど、コッポラがらみの仲間が出演していて面白い。

カーン氏は大スターにはなれなかったようだが、息の長い活躍を続けている。演技力もあるし、悪役もやれるんだが迫力のある顔立ちではなく、ジーン・ケリーに似た人懐こそうな笑顔がある。やや役者魂がありすぎて、演技にこだわり過ぎていたのかも知れない。

近年のスター達は、自らプロデュースして企画をまとめ上げる傾向が強い。役者と言うより、事業家のような印象。プロジェクトをまとめるプランナーであり、演技もこなす、そんなスターでないと生き残れない時代なのか。企画が良くないと、いかに演技力があっても印象に残り続けることはできない。企画力が勝負なのか。

ブラッド・ピットはスターでありながら、プロデューサーに重点を移したいと考えているそうだ。金の入り方も違うだろうし、容色のことを考えると確かに利口な判断かも知れない。

原作者のポニックサンという人は、本職の物書きらしい、物悲しさ、可笑しさを混在させた、いわばニール・サイモン風というか、非常に文学的な雰囲気の作品を作る傾向があるようだ。当時の流行かも知れない。

そういえば、最近はこの種の映画は流行ではない。メジャーはCG満載の大作なのは仕方ないとしても、この作品の当時に題材が出尽くしてしまったのか?ナンセンスコメディのようなラブコメでないと受けないと言うことはないと思うのだが・・・我々の側のセンスが退化してる?

ベトナム戦争がらみの、当時の感傷に引きづられたというか、センチメンタルな雰囲気が、いつの間にか世代が変わって、マネーゲームに熱中し、娯楽は気楽なCG大作を好む風潮になってしまったのか?

とすると、リーマンショックや欧州の信用不安などに影響された世代は、再びセンチな映画に喝采を送ることもありえる。

タイトルが素晴らしい。シンデレラという言葉でほとんどの人が直ちにロマンティックな雰囲気をイメージする。シンデレラ・リバティはアメリカの軍隊のジョークめいた言い方らしいが、これをタイトルにつけるところが、いかにも文芸のセンスを感じさせる。

この作品の主人公は、黒人に対する偏見が全くないようだった。当時のヒーローはたぶんそうあって欲しかったんだろう。今は昔に回帰して、それなりの立場でしか登場させないといった、感覚の固定とでも言うべき状況を感じる。今、同じようなストーリーを作っても、ややリアリティに欠けるのでは?

仮に黒人のヒロインが登場していたらどうなっていただろうか?主人公も黒人ということになっていたかも知れない。その場合、リアルにするために、ヒロインは性格が多少違っている必要がある。大人しくては生きていけないから、口汚く誰彼構わず人をののしるという設定になりそう。

そうなると物語の雰囲気も変わってくるかも。もっと深刻な話になる。救いようのない物語になるのかも。

 

 

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