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2012年1月 1日

ある愛の詩(1980)

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- キャサリン・ロス? -

資産家一族の御曹司にしてハーバード大学の学生が、図書館で貧しくも賢い女学生と知り合い、恋に落ちた。親とケンカ別れするはめになって、苦学の末、ようやく自立できるようになった。しかし・・・

・・・寒い時期には、なぜか古い映画を観たくなる。正月映画が子供優先になるからだろうか?過去を振り返って何か思い出すからだろうか?今年を振り返ると・・・雑用に振り回されただけで終わった気がする。

愛とは、決して謝らない(ごめんなさいと言わない)こと。この作品で使われていたセリフ。訳ではけっして後悔しないことになっていたが、文面どおりではそうならない。そう、そして私の家内は何をやらかしても謝らない。誤っても謝らない。それが愛なのか?

主人公達が寄り添って立つポスターが、子供の私には極めて印象的だったことを覚えている。女性のほうはにらんでいるように思えたが、色気のある外人は、あんな眼をしてもいいんだろうねと子供時代は妙に納得していた。当時は映画館に行くことができなかったので、この作品に関しては上級生達のうわさで少しは知っているという程度の知識。

小説を先に読んだ。エリック・シーガルは本来は学者らしいが、趣味半分で脚本を書き、それが映画化されたらしい。単に「ラブ・ストーリー」としたセンスが良い。自分が経験した学生生活を舞台にしたから、等身大の若者像が描けたんだろう。

大学生の頃か?リバイバルで初めて拝見したような記憶あり。できれば女の子といっしょに行きたかったのだが、生憎相手がいなくて、周囲のカップルを気にしながら隅っこで観たような記憶。確か誘って断られたんだ。

これは、恋人と観るには最高級のお勧め映画だった。そんな作品を私と見に行くのは覚悟が必要だと判断されたんだろう。それなら、彼女は勘のよい女性だったということだ。今、自分の娘が私のような男と恋愛映画を観にいくと言ったら、よく考えろと絶対反対するだろう。

今の若い人が、この作品を観たらどうだろうか? フランス映画のような、ロマンス全開の滑らかな進行具合をしているようには感じない。素人くさい部分もあると思う。あえて玄人好みにしない、当時のアメリカの世相が感じられるような気がするのは自分だけだろうか?

映像は少しピントがぼやけたような、解像度が不足したような印象を受ける。昨今の高感度のカメラと違う、低予算の実験映画のような見た目の印象。実際にも低予算で、ロケには数人で行っていたと監督のインタビューにあった。

でも大ヒットして、制作費の数十~数百倍の金をもたらしたらしい。変なところで金をかけない自然な感じが、かえって好感を呼んだのか?

当時の映画には多い、手持ちカメラで人物を追いながら、楽しく過ごす主人公達の映像。この作品では雪の中で手足をバタバタさせるシーンや、ラグビーボールをキャッチするシーンが、いかにも楽しげ、しかも当時の雰囲気が出ている。

ライアン・オニールはこの作品で世界的なスターになったようだ。育ちの良さそうな、あんまり特徴のない顔だと思うが、作品のイメージがあまりに良かったので、好感度抜群の俳優になったのではないかと想像する。

ヒロインにはぐらかされて怒り出す場合に、もっと声を荒げることもできたと思う。真剣に好きになっていたら、それが自然である。でも、わりと理性的な感じだった。育ちが良い主人公だから?主人公の風貌に、あの怒り方は似合っていた。

演技が上手いのかどうかは、実はよく解らなかった。表情が乏しい気もする。私達日本人には解りにくい。でも、オーバーでないのでリアルだし、芝居クサイ感じは受けない。迫力を要するような役柄には合わない。でも、演じられる役も限られてくるのではないか?

アクションで売ることができる俳優ではないと思う。後年、女をたぶらかす役でいくつかの映画に出ていたが、非常にセクシーな印象は受けなかった。実際には多くの女性との噂が絶えなかったから、本物のセクシーガイだったんだろうが、私には解らない。クールなドライバー役を演じたりもしたが、ヒーロー映画には向かないような気がする。

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アリ・マッグローのイメージは、ヒーローの相手役といったもの。これは、おそらく「コンボイ」のせいだろう。でも実際には、この作品の映画化のアイディアは、そもそも彼女から発生した可能性もある。原作者のシーガル氏と知り合いだったらしい彼女を通じて、映画会社に話がいったらしいから。映画化するなら小説にしようと、互いに影響しあって名作が誕生したのかも。

彼女のイメージは偉大だったようで、あんな髪型の女学生は多かった。束ねたらヒッピー気取りになるが、そのまま垂らしたらラブストーリー型ってな鑑別ができた。ただし、これは私の感覚だけの話かも知れない。

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子供の頃は、アリ・マッグローとキャサリン・ロスの区別がついていなかった。どっちがどの映画に出演していたのか、完全にゴッチャ。黒髪、スレンダーボディ、クセのある顔が共通している印象。インディアンかラテン系の血が混じっているような顔も共通している。

男好きのする個性という感じだろうか。彼女らがヒロインにると、なんだか映画がヒットしそうな気がする、名共演者ってな印象。でも、この作品のマッグローは、私には非常に印象に残るとは思えなかった。気取った話し方で主人公を困らせるシーンには好印象を持ったが、個人的には色気のようなものが足りない気がした。モデル出身で、スレンダーすぎるのではないかと、少し思った。

もう直ぐお別れという場面でも、メーキャップ不足なのか元気に見えた。死に対する恐怖や、別れが納得いかない素直な感情を出してはいけなかったのか?あれは少し顔を白く塗る、カツラを被るなど、不幸の色付けが必要ではなかったか?健康的なイメージを大事にしたのか?

どういった考えで、あのようなシーンになったのか解らない。

学生仲間にトミー・リー・ジョーンズがいる。でも顔がアバタ顔でない。チョイ役に過ぎないのだが、彼は実際に大学を卒業したばかりだったらしいので、雰囲気はバッチリ学生風。興味なさそうで見ている時の目線が素晴らしい。

音楽は実に素晴らしい。フランシス・レイはたくさんの名曲を作ったが、これがベストかも知れない。いったい誰が彼を選んできたのだろうか?ライアン・オニールもテレビのスターで、映画俳優として有名ではなかったはず。スタッフの選択が非常に良い効果を出せたんだろう。

小説は当時も英語の授業に使われたらしいが、恋愛映画としても古典的、代表的な作品。誰かも書いていたが、現代版ロミオとジュリエットというにふさわしい。おそらく「愛とは・・・」といった文芸の香りが効果的に働いているからだろう。 

 

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