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2011年12月17日

赤ずきん(2011)

Warner_bros

- 手馴れた技術 -

オオカミ伝説におびえる村があった。赤ずきんをプレゼントされたヒロインの周りでは、怖ろしい事件が頻発する。姉が殺され、オオカミ退治に行った村人も殺される。そして、ある夜。ついにオオカミが登場・・・

・・・オオカミと吸血鬼が戦うトワイライトシリーズの映画スタッフが作った作品らしい。

オオカミの姿は、おそらく全部CGだと思ったが、非常に滑らかで迫力があった。妙に怪物らしくしないで、ただ大きいだけ、動きが自然で早いだけに設定していたことが迫力につながったのかも知れない。

怪物を描いた近年の映画で、画面に向かってギャーと大きく口を開けて叫ぶ場面をよく見るが、あれでアップにしすぎると子供めいて迫力を失う。あのような場面では、その場にいる人間が感じる視覚をいかに再現するかが大事。叫び声の音響が長すぎても興ざめする。いっきに音量を上げて、音の圧力が観客に伝わるようにして、速やかに音量を下げるべく、短めの叫び声にしないといけない。

逆に遠くに向かって叫ぶ場合は、ハウリングの効果を出し、長めのほうが良い。この作品では音響や、カメラの位置、動きが完璧に近い。さすがに「トワイライト」シリーズで慣れているせいだろう。若くカッコイイ男女が登場して適度にラブシーンがあることや、少量だが血が流れるシーンが印象的に使われていること、冷たそうな青みがかった色彩など、ほとんどの面で共通している。

カメラの視点の移動について、例えば自分がオオカミになって移動しつつ何かを追っている場合には、今ならコンピューターで計算した視点の移動パターンに従ってカメラを動かすことも可能なはず。3次元で指示し、クレーンを自動的に動かせばよい。より迫力があり、あたかも観客がオオカミになった感覚を体感できるような映像も可能だと思う。

ヒロインのアマンダ・サイフリッドは、「マンマ・ミーア」のかわいい娘役の時には気づかなかったが、恐怖で眼をまん丸にしている表情も実に美しく、ヒロインとして最適だった。恐怖映画にはぜひとも美しく、眼が大きな女優が欲しい。ブスのヒロインだったら、観客はポップコーンに集中してしまうか寝てしまう。彼女の場合は、圧倒的な魅力があった。

トワイライトシリーズでは次々と若い俳優達がスターになっていたようだ。演技力よりも、見た目の美しさが大事なのか、韓流スターかジャニーズ風の若い俳優がアクションやラブシーンを演じていて、確かに若い女性達には受けそうな気がした。したがって、この作品は若い観客向きだと思う。子供はどうか?

スパイ物でも、恐怖映画でも、SFでも何でも、男女か親子、友人などの誰かが誰かに強く惹かれるシーンが少しないといけない。ただの恐怖、ただの冒険だけでは我々は決して満足できない。そんな気がする。

この作品には男女が惹かれあうシーンがあった。でも私からすると、自分の子供のような若者が演じる作品では、「おいおい転ぶなよ。」といった要らぬ心配が先にたって、いっこうに感情移入できない。たぶん、年寄り向きの映画ではない。

アマンダ・サイフリッド嬢も大変な美人だが、私にとっては娘の年齢なんで、セックスシンボル的なイメージは湧かない。昔の吸血鬼映画で出てくる殺され役の女優達には恥ずかしながら、いちいち性的なイメージを抱いたものだが、アマンダ嬢にはそれを感じない。あんなに美しいのに・・・残念ながら、自分が枯れてしまったんだろう。

 

 

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