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2011年12月28日

チャイナ・シンドローム(1979)

Columbiap

- 先見の明に脱帽 -

原発をレポート中のTV局スタッフは、偶然に事故に遭遇する。報道しようとするTVクルーとTV局上層部の対立、原因に絡む建設会社と技師の対立を軸に、やがて悲劇が起こる・・・

・・・チャイナ・シンドロームという言葉が非常に印象的だった。若いマイケル・ダグラスが自ら製作、出演している意欲的な作品。イントロ部分は、非常に古めかしい印象を受ける。BGMも当時の古い音楽で懐かしくもあり、やや興ざめする面もある。

当時の大スター、ジェーン・フォンダは42歳。やや皺が目立つものの、存在感は抜群。テレビ局のレポーターとして色気と愛想を振りまく姿が非常に上手く、特に笑顔がわざとらしいところが秀逸。タバコの吸い方などを小道具にしている点もニクイ。

演出が結構凝っていて、当時の流行なのだろうか?それとも他のドキュメンタリー作品の影響か?無言のまま事態が改善するのを待つシーンや、互いの想いを探るかのように無言で顔を見つめあうシーンが結構ある。ともすれば覚えたセリフをペラペラ言い合う映画が多い中で、かなり異質。でもリアルだと思う。

レポーターの演技と、仲間うちでの演技を変えてくるのは当然だが、この作品の場合、セリフがリアルというか、節度を保とうとしている姿や、ラストで感情的になっている姿、そんな自分にうち克とうと努力している姿が上手かった。

当時の服装が懐かしい。パンタロンに近い。田舎のほうでは「ラッパズボン」と呼んでいた。近所の高校生達は皆がこんな格好を真似ていたが、たぶん映画の影響だと思う。当時はファッション雑誌で男性の服装に注目が集まることはなかったはずだし、ジーンズなどの格好を学生ズボンに取り入れて気取っていただけではないかと想像する。

私が中学校に入学した頃からラッパは時代遅れになり、逆に戻ってマンボスタイルの細いズボンが流行、そのいっぽうでドカンスタイルのダボダボなズボンでツッパル連中も伝統を築きつつあった。結局、ファッションスタイルの意味はほとんどなかったというのが結論であるが・・・

マイケル・ダグラスは35歳。当時は俳優よりも、スターの息子で製作でアカデミー賞を取った作り手という印象が強かった。でも、その後目立ってくる独特の個性の片鱗も見える。独断で突っ走ってヒロインを困らせている。この作品のイメージは、後年の活躍にもつながっているのかも知れない。

ジャック・レモンが主演しているのは、たぶん彼の個人的信条によるのではないか?原発に反対しているからこそ、この作品に出演しているに違いないと思う。キャラクターから言えば、若い頃のオチャラケムードは全くない、シリアスな演技ぶり。シリアスに演じると、個人的には迫力不足のような気がするのだが、私だけだろうか?彼以外の俳優でも良くなかったろうか?

一般に、喜劇俳優が齢をとったら悪役が向くと思う。逆に、悪役が齢をとったら喜劇に向く。だから、レモン氏こそ原発会社の重役を演じて欲しかった。人なつこい笑顔で騙そうとする怖い人物が欲しかった。

福島原発の事故の後、自分は「ほれ見たことか、俺の予想通りの展開だったぜ!」と、半分自慢気に電力会社を非難したが、予想は自分だけの専売特許ではなかった。この映画にも影響されていた。メルトダウンが部分的に起こったのでは?すなわちチャイナ・シンドローム・・・と、直ぐに悪い心配をしてしまった。

何かがストップすれば、メルトダウンするしかないというのは当然のこと。冷却は、すべてが順調にいかないとできないはず。発表を鵜呑みにしないで済んだのは、映画のおかげ。メルトダウンは否定できないというイメージがあれば、発表される談話に対する評価も狂わないで済む。

隠蔽が繰り返されるだろう、どんな言い訳をするのだろうか、政府はどう動き、会社はどうするか、発表で使われる用語はどうか、そういった予想がかなり的中したのも、おそらく映画を観て知識があったからに違いない。かなり客観的な視点で作品を作っていたからこそ、正確なストーリー展開になったのだろう。

アメリカの建設会社の保安要員とは、すなわちギャングのようなものらしい。日本の場合は、スキャンダルの捏造や、会社取引を利用した人事面での圧力が効果的。おそらく、裁判所や検察関係者には何かの便宜をはたらくことが間接的に行われたに違いない。中曽根氏をはじめとする政治家にはもちろんだった。

電力会社や日立、東芝などの大会社には、数千億単位の利権が発生する。手段を選んでいては会社内部で失脚する。その恐怖が、きっと怖ろしい判断ミスにつながったに違いない。

27日の朝刊には事故調査委員会の中間報告が掲載されていたが、まず委員会自身から反省を必要とするかも知れない。今まで何をやってきた面々が調査したのか、今まで調査できなかったのか、警鐘を鳴らしてきたのか。事前に対処できなければ、その能力は知れている。

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