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2011年11月 6日

ワールド・トレード・センター(2006)

- 準備しておくべき -

ニューヨーク港湾警察官は、9.11テロの際に現場に駆けつけ、避難を誘導する役目を負うはずだった。しかし、ビルが倒壊し、大半の隊員は死んでしまい、生き残った二人は生き埋めになってしまう。救助を待つ二人だったが、徐々に体力が損なわれる・・・

・・・二人の隊員の話を元に、映画化した作品と紹介されていた。実写やCGを使ってだろう、まだそびえ立っていた貿易センタービルが崩れ落ちていく映像はリアル。実際の現場の隊員たちが、何が起こっているか解らないまま、任務に忠実にしようと努力する姿も、実に感動的。

埋まってしまってからの二人の会話が、この映画のメインとなるのだが、さすがに盛り上がるとは言えない。スーパーマンが活躍して敵を退治する颯爽さは期待できないし、動きようがない二人だから、当然画面の迫力にも限界がある。

子供だと必ず退屈すると言ってよいほど。感受性の強い子供なら、涙で観れない。だから、いずれにせよ子供向きではない。恋人とみる映画としては、内容が真面目すぎること、笑いの場面が少なく暗いことなどから、非常にお勧めとは言えない。

でも悪い内容では、もちろんない。家族や友人達に焦点を当てている点は、映画の完成度から考えると正しかったと思う。

ただし監督への期待もあると思うが、あの事故の全体像に興味すら示さず、ほんの一部の人間像に視点が限られている点は気になった。正面から全体像を描くのは、映画の製作法としては好ましくないと考えたのだろう。ただの事故を扱うなら、昔あったパニック映画と似たようなものになる。ただ逃げ惑う人々、悲惨な死の場面をしつこく描き、ヒーロー的な人物を礼賛する・・・そんな映画は白々しい。

少数の人々、家族に焦点を当てて、心の動きを丁寧に描く、それが作品のまとまりにつながると考え、そこに徹したのは、まとまり方、作品の完成度からすると正しい選択であった。いっぽうで、レベル的にどうか、政治的なメッセージ性、芸術的な価値はやや損なわれる方法だったようにも感じた。

同時多発テロ事件は、病院に行って皆が騒いでいるので初めて知った。航空機がビルに突っ込んだらしい・・・いったいどんな狂ったパイロットが・・・と、思っていたら次のビルが攻撃され、そこで意図的に突っ込んでいたことを初めて知った。現場でも大半の人はそうだったろう。航空機でテロなどという発想が全くなかった。

爆弾なら考えられる。自爆テロでビルの足場を破壊すれば、あるいはビル全体を破壊できると考える。怪しい車が突っ込んでこれないように、おそらくは柵が頑丈に作られていたはずだ。地下道に妙なバッグを持った人間がたむろすれば、きびしくボディチェックされていたかもしれない。航空機は、事件までは全く想定していなかった。

アラブ諸国の中に、そこまで米国に対する敵意を持つ集団がいたとは知らなかった。各集団がバラバラに、イラクやリビアのように国単位で抵抗しているに過ぎないような気になっていた。

CIAは本当に情報を入手していなかったのか?ある程度は知っていたが、全体像が解らなかった、分析を誤ったのか、または意図的に攻撃させた?などが考えられる。何をするにしても予算が取れないと動けないが、事件を起こしそうなヤツを見つけても、その奇想天外な計画を説明しても、対策をとることが許可されたかどうか、怪しい。

真珠湾攻撃の際もそうだったから、明らかな事件が起こるまでは泳がせて事件を起こさせ、それに対する国民の世論を使って徹底的に反撃するという伝統に従ったのかも。

しかし、そんな方法は日本やドイツのような国家を相手にするのには有効でも、国家の統制が不充分な地域に通用するとは限らない。アメリカ流の徹底攻撃法を持ち込んでも、長期的な管理を続けるのは難しい。

航空機、軍隊、核開発、諜報部などの国家の中枢部分に、イスラム組織の息がかかった人物を入れないような、非民主的な壁を作るべきだったのかもしれない。民間の飛行機学校にも網を張ることが必要だった。まさか、考えもつかない話ではあったろうが。

はるか上のビルの上層階が燃えているのを見て、自分達が上がらないといけないと考えたら、いったいどんな気持ちだったろうか。さすがに生きては帰れないことを覚悟せざるをえないだろう。それでも任務を拒否しなかった隊員達には敬意を表したい。

でも、今後もそういくかは解らない。あのビルの倒壊の激しさと、助かった人の後遺症などを知っている今の我々が、同じような高層ビルに救助に行けと言われたら、知らないで行った隊員達よりも大きな恐怖と戦わないといけない。ほとんど確実な死に向かって、家族を抱えた隊員が、はたして行けるだろうか?

上官も、命令できるだろうか?命じたら確実な死を意味すると考えたら、命令などできない。

あのビルが、あのように倒壊する構造だったことも知らなかった。構造が違うビル、例えばエンパイヤステートビルなどは、意外に全体が倒壊することはないのかも知れない。高度な技術と構造計算で作られたビルだったからこそ、一箇所が壊れると全体に波及する運命だったのかも。

ボランティアの活躍で救助された人がいたのは事実らしい。でも、凄い量の粉塵を吸って塵肺になって苦しむ人達も多いので、英雄的行為に及ぶ場合には、しっかりマスクなどの装備を徹底しないといけない。

国内の施設については、どの部分を破壊されたら退避を優先し、救助には行かない、禁止するというところまで、しっかり検討しておくべきと思う。その検討結果は消防署、警察署、国土交通省などに情報として残しておかないと、いざとなった時の対応を間違ってしまう。救助で被害を拡大する場合もありえる。原発施設、超高層ビルなどは、安易な救助は被害を生む。

福島原発の事故前のシミュレーションは役に立っていなかったようだが、他の原発やスカイツリーを初めとする高層建築物は、ちゃんと対策を決めているだろうか?映画でニコラス・ケイジが演じた隊長は優秀な救助者だったようだが、事前の対策に沿ってというより、その場の判断だけで行動していたようだった。あれではいけない。

 

 

 

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