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2011年10月 8日

ディボース・ショウ(2003)

- 判決に関して -

離婚訴訟のプロで、やり手の弁護士が主人公。今日も彼は勝訴を勝ち取り、相手の御婦人の遺産目当ての計画を撃破したが、その御婦人は思わぬ手段で復讐に出てくる・・・

・・・毒のあるコーエン監督兄弟の映画。この作品ではオーバーなシーンが多く、他の作品より喜劇のウェイトを高めていたようだ。ただし、さすがにジョージ・クルーニーの表情はオーバーすぎるような印象もあった。リアルさを大事にし、抑えて演技したほうが、この手の映画ではかえっておかしいことが多いように思う。

ヒロインのジョーンズ様は、今回も極めつきで美しい。一般的な美人より眼が細く、パッチリしてないのがかえってセクシーに写るようだが、おそらく男の兄弟がいたら、思い切りブサイクな顔になるのではないかと、どうでもよい事を勝手に予想したくなる独特の美女。

彼女と友達の女が日光浴をするシーンがおかしい。財産を守るためには浮気などできないから、ひたすら家にこもるしかないという、逆説的で情けない姿が笑える。

そういえば、この映画にはセックスシーンがない。妙な機関車趣味の変態が下着姿になるくらいで、裸のシーンはない。セクシーな男女が出演していても露骨に見せられないのは、それが許されない状況だからだろう。

その甲斐あって子供でも、この作品を観てよいかもしれない。教育上どうかを度外視すれば。恋人といっしょに、この作品を観ていけないとは言えないが、そりゃあーお勧めはできまいね。怖くなるから。

途中で筋書きは解ってしまったが、この作品の場合はかえって好都合かも知れない。ラストで本当のどんでん返し、殺し合いなどが起こったら、一体どんな反応をして良いのか判らなくなりそう。このままが良い。

出演者で最も光っていたのは、主人公の相棒の弁護士~助手役の男性。真摯な愛情のシーンになると泣く、その泣顔が非常に良かった。

さて、冒頭で出てくるテレビ局のプロデューサーは、主人公によって敗訴となり、番組の権利を失って浮浪者にまで落ちぶれてしまうらしい。ヒロインは彼を通じてテレビ業界との関係が発生したようだった。

彼はちゃんと妻の不倫の証拠写真までいたのに、屁理屈によって不当な判決を下されることもありえるということか。実際にも、法律上はそう言えなくもないが、常識上は考えられない判決はある。しっかり証拠を残したはずなのに・・・

(裁判所の権威)

不敬な話だが、個人的には裁判所に敬意を感じない。原発事故の後は特にそう感じている。

9月26日に小沢派の議員や秘書に有罪判決が下ったが、まとめれば”証拠はないけど有罪”という内容で、さすがに呆れてしまった。確かに被告達は限りなくクロのように思えるし、小沢氏は好きになれない政治家だが、根拠がそろわない限り有罪判決はありえない。裁判所の信頼を損なう無茶な判決だったと思う。

原発の訴訟は過去に数十件あったそうだが、すべて原発側が勝訴していたと報道されていた。問題の福島で訴訟があったかどうかは確認してないが、全てというのはおかしいと、普通なら考えそうなものだ。裁判官が真摯に判断していたとは、とても考えられない。

法律上、原子力関係の施設は住民の意志や権利をすべて踏みにじって良いと書かれている?そんなはずはない。そう書かれていない限り、訴訟が数件あれば、一件ぐらい住民側に有利な判断があってもいいはず。

裁判所は、判断結果に責任を持つべき。「俺達は法にしたがって判断しただけ・・・」などと言い訳するだろうが、やはり責任はある。判決結果は原発業界に利することになっていたし、業界の利権を守り、事故を生む体質につながっていた。国民を守るつもりなら、別な対応があったはずだ。

国民の権利を守る意欲に欠けていた可能性が高く、本来の使命を果たしていなかったと言われても仕方ない。事故が起これば、その影響は話にならないほど甚大であるのだから、判断した裁判所にも相応の責任がある。権利を守るのが仕事なのに、自ら害を与える側に立っていたなんて・・・コメントくらいは発表すべきではないか。

職務をどう考えているのだろうか?

行政が国民に害を及ぼすのを防ぐ職務も、制度上は求められている。国民を縛る職務しか考えていないなんてことはないはずだが、現実はそれに近い。おそらく司法組織の内部が構造疲労を起こしているのだろう。

現行の法制度では、国民に害のある判決を下し続けても、裁判官が罰せられることはない。罰に近いのは、最高裁判事が選挙の時に審査されるくらいだが、ヘマをした判事はおそらく事前に天下りして、わざわざ審査を受ける危険をおかしたりはしないだろう。それこそ、原子力関係の団体の法律顧問になることだってありえる。

それでは明らかに国民の利益に反する。規定を変える必要がある。裁判員が判事の待遇、昇進を決めることや、すべての判決を裁判員にゆだねるのが、手っ取り早い方法かも。これは極論だろうか?

 

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