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2011年9月30日

ガリバー旅行記(2010)

- いっそミュージカルを -

新聞社の雑用係のガリバーは編集者ダーシー嬢に恋をしていたが、誘うこともできない。そんなある日、彼に旅行記を書く仕事が舞い込んだが、遭難してしまい・・・後はおなじみの展開。

ジャック・ブラックのための企画だったのか?ラストでミュージカル風のオチャラケたダンスシーンがあった。全然イケていないような気がしたが・・・

制作費は1億ドルを越えているそうだ。それだけの出来栄えかは解らない。細かい人物の映像と、実写との合成は非常に高度だったとは思う。タイトルバックにわざとミニチュアを使うセンスも悪くない。ミニチュアは、それだけで微笑ましい感じがした。

ヒロインのアマンダ・ピートも魅力的。スタイルいいし、なんといっても眼の迫力と笑顔が素晴らしい。ゲテモノ的なキャラクターで出演している傾向があるが、今回は純粋なヒロインで、主人公ジャック・ブラックの添え物的存在。

主人公のジャック・ブラックは、非常におかしかったかと言えば、そこそこ。彼が売り出し中の頃の「スクール・オブ・ロック」は、イカレたロックオタクとデブ体型で充分おかしかったが、観る側が少々慣れてきてしまったのか?今回はキャラが立たない感じ。

主人公のキャラクター設定を、本来の姿にもっと忠実にすべきだったかも知れない。

小人達に無茶、難題を押し付けて、自分はアル中のロック中毒に戻り、忌み嫌われ蔑まれる。小人達の敵になるってのが常道ではなかったか? ラストだけ良いことをするが、大半はわがままで、どうしようもないグータラってなヒーロー像はいかが?

小人の姫君の恋物語は、もしかすると話をシラケさせる最大の要因だったのかも知れない。必須なのは主人公とヒロインの恋だけであって、焦点をぼやけさせる結果になっていたように感じた。

ダンサー達が演じていたら、もしかするとラストのダンスは違っていたかも知れない。全編をミュージカル風にすれば、それなりに独特な作品が出来上がって、オーバーアクションも「まあ、ミュージカルだから当然か・・」と、しらけないで済んだ可能性がある。実際にそんな企画案もあったのでは?

リリパット国は歌と踊りの王国。皆が楽しく踊ってる。そこにリズムの異なる主人公がやってきて、ガンガンハードロックをぶちかます。なーんて、どうだろうか?

ラストだけのダンスは、脈絡もなし。突然で、しかも見栄えはしないし、彼の個性にもマッチしない。明らかにおかしい。最初からの企画、路線に問題があったと私は思う。子供も大人も、それなりに観れる作品とは思うが・・・

(路線の問題について)

9月18日夜のNHK特集で、原発の導入の時の経緯が解説されていた。予想通りの内容。NHKの報道姿勢には敬意を表したい。正力松太郎氏を名指しで批判していた。彼や彼の後ろ盾が、制御できない路線を作ってしまったというのが結論のようだ。

今となって正力氏や、元首相の中曽根氏などを糾弾しても意味がない。そもそも彼らを支持した我々の先輩達にこそ責任がある。認識に狂いがあったと思う。ただ結果として凄まじい害をもたらしたものの、彼らには功績も多い。差し引きマイナスの効果を国家にもたらしたとしても、もはや糾弾は遅きに過ぎるし・・・

はっきりコメントされていなかったが、某国から相当な資金が流れ込んでいたのでは?そう考えるのが自然。正力氏は某国にとっては使えるコマに過ぎない。戦犯時代から諜報部と密接な関係になったんだろう。そんな人物、そんなメディアを支持するなんて・・・

とにかく資金が流れ込み、原発を作るという流れが出来てしまうと、反対意見や慎重な姿勢は発展を阻害する行為と評価される。金の流れは、「職場が確保される」「新しい分野で勝負できる」という思惑を生むから、商社などが雪崩をうって進出してくる。途中で流れを止めて慎重に検討する意見など許されない雰囲気になる。

福島原発が、なぜわざわざ山を切り開いて土地を下げたのか疑問だったが、後半部分で解説されていた。アメリカ製のポンプの仕様に従うためには、そうするしかなかったということらしい。交渉下手の日本側が一括購入で値段を下げることを優先したため、日本製のポンプを導入することに失敗した、もしくは意味が解らないまま導入してしまったということのようだ。

GEの技術者が津波の危険性を認識してないか、あえて無視したことが、元をたどれば本当の原因ということになるが、日本側の技術者、役人には、それなりの判断があってしかるべき。ポイントを把握するだけの、技術的経験か勘があれば、「GEよ、そこだけは変えてくれ。」と決定的な対策ができたかもしれない。

商社の担当者が設計図の意味を解らなくても仕方ないかも知れないが、国の審査機関は危険性に気づく必要があった。役目を果たせていなかった。彼らに判断させたこと自体が間違いだった、そもそも彼らには無理な判断だったように私は思っていた。

番組で紹介されていた官僚OBが使う言葉、声の調子に至るまで予想通りだったから、分析は当たっていたと思う。

官僚OBの座談会で、「はっきり言って意味を誰も解っていなかった。」などの言葉が相次いだが、そんなことは本来あってはならない。人の選び方を間違っていたことの証明だろう。手術現場に、実験が得意な教授を連れていってやらせるような無茶な人事が繰り返されていたのか。

路線が既成事実のようにできると、方針転換は難しい。この映画も、日本も、そうだったのか?何か大事なことを決める時には、反対意見を述べる人間を連れてくる、もしくは自分の頭の中で冷静に意見を戦わせる人間に決めさせるほうが良い。

 

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