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2011年7月26日

ゲゲゲの女房(2010)

- 差別化に感心 - 

ゲゲゲの女房は水木しげる夫人の回想録を原作にしていること、朝の連続ドラマでやっていたことは知っていたが、テレビでは見なかった。貧乏を描いていたらしいが、テレビの画面で朝からなまなましい話はやりにくいのではないかと思っていた。

たぶん、ユーモアを交えて希望的な描き方をしたのでは?健康的なヒロインをわざわざ選んであった。

この作品では役者は全く違っていたらしい。ヒロインは、私の感覚では宮沢りえが最適のような気がした。初めから不幸の臭いがすることと、そのなかで華やかな部分が残るイメージがあるから。

いっぽう、夫役の宮藤は非常に雰囲気が出ていた。のん気そうな笑い声がいい。

監督は、もともとは役者をやっていた人物らしいが、個人的には演出の意図が解りにくく、ロケーションの選択にも疑問あり、納得というわけにはいかなかった。風景に新しい建物が写っていて、時代考証からもやや問題が感じられるなど、細かい点が気になった。予算が足りなかったのか?

送電線の鉄塔は当時もあったとは思うが、画面に登場させる必要はないはずだし、雰囲気にはそぐわない。実際よりも田舎に見せて描いたほうがいいはず。ドヤ街のような、混沌とした汚い街並みを探すべきではなかったか?

近所のうるさいおばさん連中、胡散臭い人物達を次々と登場させる手もあったはず。同居人や編集者達だけでは生活感が不足する。尻切れトンボの終わり方だったように感じたが、もっと暖かい雰囲気で終わることもできたのでは?

ドラマの中で妖怪達やマンガの画像が登場していたが、使われ方に疑問があった。もっと異形を際立たせるか、人間が全く認識できていない様子を強調しないと、解らない人にはさっぱり解らないままになると思った。

妖怪は、すべてマンガにしても良かったのでは?妖怪達が踊るシーンは学芸会レベル。金を払って観るようなものにはなっていなかったと思う。出来上がりをイメージして企画すべきだった。

切り口を大きく変えて、テレビとは全く違った脚本を狙うべきだったと思う。テレビと同じ内容なら、ヒットは期待できない。いっそマンガが中心で、鬼太郎達の中に実写の人間のドラマが挿入されるようなシュールな話にしても良かったのでは?どうせ大ヒットしないなら、印象に残る外し方のほうが良い。

主人公ふたりのドラマに文句はない。テレビ版よりもリアルではなかったかと想像する。ヒロインの吹石は今までお嬢様役などが多くて印象が薄かったが、今回の演技には役者魂のようなものを感じた。

水木夫婦は昭和36年に結婚し、売れ出したのは4~5年後らしく、その間の貧乏ぶりは激しかったようだ。当時なら貧乏人は珍しくはなかったものの、40歳を過ぎての下積み生活は耐えがたかったのでは?

当時、貸しマンガ屋は既に衰退期に入ってたらしいが、私が育ったのは田舎だったんで、貸し漫画屋の体験はない。そもそも本屋がなかった。雑誌を売る文房具屋が一軒あっただけ。

一冊いくらで借りていたのか?10~50円くらい?今ならDVDも旧作100円が普通。ついに常時50円にする店も出てきた。マンガに金を出そうとするなら、古本屋で買って、直ぐにまた売ったほうが簡単。

はたして当時、作者にはいかほどの報酬があったのだろうか?マンガ雑誌に読者を奪われたら、貸しマンガ業界は成立しえない。子供のお小遣いの金額が、貸しマンガ業界の命運を握っていた。

興味を持って「ビビビの貧乏時代」という水木氏のマンガを読んでみたが、相変わらずクセのある絵で、テンポなど気にしていない作風。慣れないと読むのが嫌になるような作品だった。子供の頃もとうとう慣れなくて、鬼太郎ものはよほど暇でないかぎり読まなかった。

90年代ころは、鬼太郎のブームは下火だったように思う。長男はほとんど興味を示さなかった。いつの頃からか再アニメ化されて、今や我が家の末っ子が大ファンでいつもビデオを借りたがる。アニメの雰囲気も随分と変わって、鬼太郎も多少かっこよくなっている。

他に妖怪ものを専門にする作者が大勢いたら大変だったろう。いたはずだが、差別化に成功している。

手塚治虫の「どろろ」や、藤子不二夫の「怪物君」などのほうが一時的には人気があったが、息の長さからは鬼太郎に軍配が上がる。気味の悪い作風を守ったからか?作者の寿命も関係しているのかも。

目玉おやじ、ねずみ男のキャラクターが素晴らしかった。特にずるくて憎めないねずみ男には感服する。あれは海外でも通用するだろう。

水木氏は、とことんこだわって差別化に成功したが、その途中では一般受けする子供マンガへの道などの選択肢もあったはず。結果的には転向しなくて良かったようだが、極貧の中で子供を抱えた状態で、なかなかできることではない。

貸し本用漫画家の多くは家業に見切りをつけて、会社員などになったのではないか?今、老健施設などを回診すると、いろんな仕事を転々とした経歴が書かれたカルテを見る事がある。「へえー、この方が昔は〇×をやってたんですか!」と驚くが、戦争や様々なブーム、経済的な状況の変化の中では、当然。

思い出しても、写真現像屋、ビデオレンタル屋、ディスコ、出版業、駄菓子屋、ボーリング場、スキー場、アイススケート場、映画館など、景気や営業形態が激変している。新しい業種に飛びついて成功した人もいれば、脱落~吸収合併、撤退なども多い。

ディスコで黒服をやっていた男など、今はどうしているのか?当時は気取っていたが・・・映画館も、今やマルチスクリーンでないと生き残れない。映画が好きで技師になった人も多かったはずだが、商売替えが必要になったろう。好きだから選んだ道とはいっても、仕事が全くなければ如何ともしがたい。

業種を変える際には勇気が要る。医学部→勤務医→小規模開業という生ぬるいルートしか知らない私には想像もできない想いがあったろう。

ヒロインは大柄の女性らしい。患者さんで高齢者のわりに大柄の女性を何人か見るが、穏やかな人が多い気がする。大柄で気性も激しいと結婚できない。実家に帰っても居場所はない。耐えるしかないから耐えられたのかも知れない。

失礼ながら水木氏も、他に乗り換える器用さ、勇気がなかっただけかもしれない。あの画力では、ヒーロー物を描いても無理がある。石森章太郎にはなれない。まあ、結果=終わり良ければ全て良し。

 

 

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