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2011年7月17日

知りすぎていた男(1956)

Sirisugite

- 長い演奏にも意味がある -

監督 ヒチコック

ある男が殺人現場に遭遇する。誰かの暗殺計画に関係した情報を持ってしまった彼は子供を誘拐されて脅迫される。子供を救い、暗殺計画を阻止できるか?・・・

テレビの衛星放送で鑑賞。テレビが新しくなって、画質の良さに驚いた。こんなに鮮やかな映像だったとは!昔映画館でヒチコックシリーズとしてのリバイバル上映の時に観た記憶があるが、全然印象が違った。あれはフィルムが傷んでいたんだろう。

ドリス・デイが大声で歌う「ケ・セラ・セラ」の印象が強い作品。いわば場違いな歌い方、曲なんだが、緊迫した状況にそぐわない曲が、かえって効果的だったんだろう。ドリス・デイはシリアスなドラマが得意なタレントとは言えないと思うが、この作品の頃は別に違和感のない演技という印象。特別な演技力を要求される役柄ではないからと思う。

独特のユーモアが面白い。

主人公の友人達がお呼ばれして自宅に集まるが、主人公夫婦は子供の誘拐でそれどころではないので相手にされず、無礼にもほったらかしにされる。酔っ払ってそのまま寝てしまうのもおかしい。

でも、それをサスペンス映画でやってしまうというのは最初は勇気がいっただろう。反対意見も多かったのでは?ヒチコックスタイルが定着してしまった後なら構わないだろうが、よく認められたものだ。

普通に考えると、緊迫感を盛り上げたい時に、観客を笑わせたらせっかくの緊張の糸が切れて、喜劇になってしまう、だから絶対に観客を笑わせてはいけない!そんなふうに考えるのでは?映画会社の重役が怒って、監督をクビにしても不思議ではない。

教会でのやり取りも面白い。他の映画にも参考になっているようで、似たような教会に忍び込む映画がいくつかあった。この作品では、どことなくのんびりしていて、見張りを気にしないで堂々と入っていた点が他と異なる。他の作品では身をかがめて侵入し、すぐ銃撃戦になる。時代が違うのだろう。

人質と敵達との会話も、なんとなくのんびりしていた。直ぐ殴ったりしないで、至って紳士的、好意的だった。古き良き時代だからか?犯罪者達も良識があったのか。血が飛び散り、銃撃が激しく、殴り合い、カーチェイス~といったアクションの要素がない。

だから、我が家の子供には見せないでおこう。絶対に退屈する。恋人と観る作品でもなくなっている。かって恋人だった老夫婦なら、懐かしくゆったりと観れるだろう。

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