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2011年6月 4日

ロビン・フッド(2010)

- 中年太りヒーロー -

十字軍遠征から帰ってきたイギリス軍はフランス領内で王を失う。王冠を持って帰ってきたのはロビン・フッド達。しかし、彼らにはフランス軍のスパイがワナを仕掛けてくる・・・

・・・主演ラッセル・クロウ、監督リドリー・スコットというと、「グラディエーター」のコンビ。今回も同じようなアクションものだった。作品の狙いが今ひとつ理解できなかった。イギリス人の監督には、子供の頃からの思い入れがあったのか?

ロビン・フッドといえば15年ほど前か、ケビン・コスナー主演で、クリスチャン・スレーターなども出演してた映画があった。ヒロインのキャスティングは理解できなかったが、よりロマンティックな面があった。敵はジョン王ではなく、魔女に育てられた領主だった。恋愛や、兄弟の愛憎などの要素も大きい映画だった。

今回の作品のヒロインは随分年増で、仮に子供が出来たとしても高齢出産で相当な無理がかかるような心配が生じた。

戦闘シーンの迫力に関しては、今回の作品のほうが数段上の印象。城を攻めるシーンは、ロード・オブ・ザ・リングのような仕組みの器具が出てきて、よく理解できた。城の門にあたる部分は木でできているから、それを燃やして崩れ落ちるのを待ってから攻めるのが順序だろう。グラディエイターの時のローマ兵の戦闘シーンも非常にリアルだったが、今回の城攻めも凄い。

イメージとしてのロビン・フッドは、若々しい美男俳優がさっそうと演じて欲しい。ラッセルおじさんは中年太りしているし、木によじ登るのは難しいから、地面で敵に囲まれてしまいそう。ゲリラ戦をやるのは、基本的には痩せた人物が良い。ミスキャストでは?

フランス王は当時はヤクの売人のような風体だったのだろうか?いかにも不良のような人相で、このキャラクターにも違和感を感じた。当時はフランス領内にイギリスの領地が多かったとは言え、やはりフランスがヨーロッパの中心だったはずだ。もうちょっとさっぱりした格好をしていたと思う。イギリス人の監督は、とことんフランスが嫌いなのか・・・

フランス王としては、海の向こうの野蛮人が植民地のように領土を持っている現状はなんとかしたい。スパイを使ってイギリスを混乱させるのは正しい戦略。あわよくば、海峡を渡ってイギリスを屈服させたいのも当然。

震災や原発事故で何もできない日本に対して、領土を占拠する示威行動をとるのも自然。

海岸に上陸するシーンはノルマンディー作戦の上陸のような感じがしたが、当時の技術であのような船ができたのだろうか?しっかり防水しないと浸水してしまうと思う。

狙いがよく解らなかった関係で、この作品を誰に勧めたら良いのかも解らない。子供ならよいかも。

ロビンと敵との駆け引きを描きたかったのか?恋物語を中心にしたかったのか?イギリスが強大になっていく前、その精神の基本にもなったマグナ・カルタの誕生を描きたかったのか?そんな印象がするが、誇り高く盛り上がったかと言えば、尻つぼみのような印象がある。

ただし、実際のマグナ・カルタも、あまたの取り決めのひとつとしか認識されていなかったのでは?歴史の教科書には太い文字で書かれていたが、当時の人間は「反故にされるんじゃないのお?」と感じていたかも。そして実際にも大半はそうなったのでは?既定事実と、その後の成り行きが偶然にも民主主義を生んだに違いない。産業革命が、例えば王の指揮の元に行われていたなら、政権もそのままだったかも。

ラストに敵が見事に倒れるので、娯楽作品として成り立ってはいたが、大河物語のような奥ゆき、深い感動には欠けている印象。

Kannsouri

・・・菅総理の不信任案が否決されて・・・

6月2日に菅総理の不信任案が決議されたらしいが、情けなくて中継は見なかった。

家内の話によれば、大島自民党幹事長が「あなたはクズだ。」みたいに菅総理を激しく非難したそうだ。幹事長にとっては大事な場面だった。紳士的かつ厳しく、誰が聞いても納得できる理屈で総理を糾弾し、代わって自分らが対応する時の方針を施政表明して欲しかった。

復興への代案、総理交代後の展望まで明確に示さないと、非難だけに終わってしまうことぐらい解るだろう。でも、谷垣、大島両氏の言動は意外に問題視されていないようだ。不信任案が否決されたら自民党の党首も幹事長も辞任が必然。議員辞職さえ望ましい。

菅総理は事前に何か鳩山氏と取引があって、後日辞任する約束のうえで当面の続投が決まったらしい。まだ何か時期に関してもめているらしいが、小学校の頃の言い合いを思い出すような感じ。「菅総理以外なら審議に応じる。」みたいな意見を述べる人物がいるそうだが、子供のケンカのレベル。

この時期の解散総選挙は、議員達もさすがに遠慮したのでは?小沢派の議員達も、内心では不信任案に同調したくはなかったはず。原発事故や復興支援の法案を何とかしないといけないことは明らか。

民意の大半は、国会が機能していない現状に腹を立てている。一般的には国会がつまらない、菅総理が無能だからダメという認識の仕方が大半かも。私は誰が総理でもダメだと思う。小沢氏でも谷垣氏でもダメ。

本質はシステム上の欠陥。個人のレベルに話をずらそうとする評論家が多いが、おそらく何かの意を受けた国賊と思って良い。システムの整備こそ国の未来を決する。

党利党略が良いと思う議員はいないだろうが、議員はグループで動かないと力にならないシステムが出来上がっているので、議員個人の意見を曲げてでも派閥の論理に従って動かざるを得ないのが現状。国民の意識と乖離しようが、力を持ちたければ所属する集団の論理から外れることはできない。集団の論理を回避し、議員達を自由な立場に置かない限り、正しい判断などありえないことは明白。

派閥と野心に関しては、想像の域をでないのだが・・・

運動資金を確保する必要性とともに、大臣になりたいという野心が派閥を生んでいる大きな要因だろうと思う。どんな感情が議員に生じるのか詳しくは知らないが、ただの一議員では何もできないから、集団を作ってポストを確保しようとするのは自然発生的な現象なんだろう。

議員達の思考の流れは、あくまで推定だが、①市民に指示されたい、投票数を維持したい、②そのために利益誘導をしたい、 ③そのために行政に影響力を持ちたい、 ④そのために大臣になりたい、ならないと意見も通らない、 ⑤大臣になるために派閥の中で出世したい、独立していては声もかからない、そんな流れがあったのでは?

その流れでは独特の体制が成立してしまう。野心や感情が根底にあるから論理的な対処は苦手で、さすがに弊害が目立つ。派閥~勉強会の動きで国の機能を損なうなら、制限は必要。

大統領制のようなシステムで、議会と行政府を分けることも望まれる。行政府の長が短期間に変わるのは、今のシステムの欠陥を表す。

議員の資質や国民の意識にも問題があるだろうが、それを論じても仕方がない。精神論ではなく、国民の意識と乖離した議会を断固として拒否できる具体的なシステムが望まれる。

国民の側も、「良い人だから、世話が上手いから面倒見が良いから・・・」そのような評価は止めるべき。大嫌いな人間でも、政治的に正しいなら投票する、それは理想論の話ではなく、極めて現実的な生き残りの方法だと認識すべき。・・・すべきという言い方が虚しいが。

見方を変えると・・・・

もめ続けて有効な手段をうてない現状は、もしかすると外国からは好ましいのかも知れない。例えば政界を再編して、某国との通商協定に賛成できる状況になるように誘導することは意味がある。総理が協定に前向きでないなら、圧力を行使して次々と辞めさせるという流れもありえる。

友好的な政権が誕生して実際に協定にサインさせたら、ガス抜きのために失脚してもらう。

協定など許さないという確固たる政権ができたら、某国としては最悪。小沢など、意志にそぐわない政治家は徹底的に阻害し、検察に働きかけて失脚させる。チャンスを見て、一時的にでも政権が安定したら協定を締結する、それ以外は某国にとってはどうでも良い。ただチャンス待ち。

不自然なほどの激しい大島氏の罵倒だったと聞いて、まず何かの強い思惑を疑った。実際に使った用語を確認していないので解らないが、流れとしては某国の意志が激しさを生んでいると考えられる。

議員達はうそをつくのが仕事みたいなものなんで、真相は解らない。菅総理がいつ辞めるかで、またもめているそうだ。マグナ・カルタも反故にされたが、鳩山氏との約束も反故にされるのか? 個人的には、国家に害を与えないなら反故にして構わないと思う。子供の頃、そんな約束の仕方があるか!と怒られたような妙な約束なんだから。

 

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