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2011年6月23日

人生万歳!(2009)

- 皮肉屋ぶりがいい -

自称”天才”物理学者の主人公は、離婚して下町のアパートで暮らし、皮肉たっぷりに仲間と世間を論じる生活。過去に自殺未遂を起こして足を引きずっている。彼は偶然若い娘と同棲することになる・・・

ウッディ・アレン監督の第40作めだそうだ。75歳くらいで映画を作れるのだから、確かに天才と言われても文句は言えない。インタビュー映像が入っていたが、完全に老人の姿で、介護が必要な印象さえするくらい。

個人的にウッディ・アレン監督の作風は好きではない。都会的で、洒落た感じはしていたが、それは若い頃に感じた印象で、今となっては色ボケした介護老人が恋愛ドラマで遊んでいるだけのようにも感じる。リアリティ、真剣さがないので、いかに上手く演じて面白くても感動はしない。

金を払うなら、感動は欲しい。ただのドラマならビデオで充分。

ラリー・デビッドという俳優が主演だったが、たぶんに監督の代行の意味だったと思える役柄。皮肉に満ちたセリフがひどいが、面白い。徹底的に皮肉れば、かえって怒る気持ちも失せてしまうのかも。

似たように毒づく主人公を何度か観たことがある。ジャック・ニコルソンやショーン・コネリーが小説家を演じた作品、その他にもコメディのいくつかで観た。テレビに出てくるマツコ・デラックスなども、ひどい事を言って受ける芸風。

世に皮肉屋は多い。私もそうだ。評価の高い人物でも、何かクセを感じると必ず皮肉りの精神が沸き起こってくる。素直に評価すれば良いのに。

家内は家内で私より酷い。患者さんたちは、さらに凄い。近所の人を互いにバカ呼ばわりしている。私は自制が働くので、声を出して人をバカ呼ばわりはしないが、代わりに自分を努力を惜しまない人として賛辞を求めている。褒められないと心が傷つくのである。

そんなに優れていれば、もっと私は良い生活をしていてもいいような気がするが、「・・・運が悪くて。」などの言い訳を心の中でやってる。主人公と似たような姿。反省を要する。

日本語のタイトルはいただけなかった。「ボリス博士の結婚」「天才とシャクトリ虫」なんか、どうだろうか?

キャラクターをさらにひねって、蝶ネクタイをして紅茶をすすりながら、ボロアパートに暮らす仙人のような人物などはどうだろうか?できればショーン・コネリーのような色男だった人物のほうが良い。この作品の主人公には色気がなかった。

別れ話をする時の態度は、皮肉には満ちていたものの、紳士的だった。監督自身の実際の態度も、あんなものかなと想像できる。私の別れ話も似たようなものだった。何度かふられたが、激しく怒鳴ったりした記憶がない。若い頃は人生に絶望し、恋愛に期待していなかったので、実は恋愛などどうでもよかった。ひどい人間だった。

あれではいけない。真剣に想いを伝え、真摯に怒り、泣くべきだ。相手をバカにしていることに他ならない。私の場合は気が抜けているだけで、自分の高いレベルを理解しろという態度ではないのだが、相手にとっては同じで、フラレて当然だった。

娘役の女優は始めて見たが、美しく可愛らしかったものの、やや存在感が薄く、実在しそうな気がしなかった。もっと自然なキャラクターを設定できなかったのだろうか?たまには怒るのが自然だ。人間は最低限の敬意がないと耐えられない。特に南部の裕福な家庭で育った女性が、自分をバカにする人間を簡単に許すとは思えないが。

「もっと自分を理解してよ!」と、騒ぐのが普通の女性であろう。

母親役はよく見る女優で、ハイソなご婦人も芸術かも雰囲気が出ていた。洒落た都会派の映画には最適な女優で、女優になるために生まれてきたのだろう。

味のある友人役がいたら、もっと美しい話になったような気がするが、路線が違うと考えたのだろうか?監督の作品では、いろんな人物の恋愛関係が混在する路線が続いているが、一人にしぼって、よき友人との絡みもあったほうがいいと思うんだが・・・

 

 

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