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2011年6月10日

モンタナの風に抱かれて(1998)

- 癒しの難しさ -

事故で片足を失った少女、体と心に変化を来たした馬。双方の傷をいやすことができるのは、ホース・ウィスパラーという特殊な技能を持つ男。彼を訪ねて、少女と母親がモンタナにやってくる・・・

・・・ロバート・レッドフォード62歳の頃の作品。製作、監督、主演をやっているから、意気込みのほどが解る。相当ヒットしたらしい。良い話だった。原題はそのまま「馬にささやく者」といった意味で、馬の調教~治療師のことらしい。実際にも、そんな仕事をする人がいるのかも。

日本語のタイトルも悪くはないかも知れないが、別にモンタナでなくても良いような気がするし、そのまま「馬にささやく人」でも良いのでは?その存在だけで面白いと思えるし、何か神秘的でいかにもスピリチュアルな雰囲気がする。

癒しの表現が素晴らしかった。簡単に解決しないこと、互いの信頼に傷がつきそうになること、美しい自然、それらが調和を持って描かれていた。

ただし、映画の話の流れとは関係ないが、あの美しい土地は絶対にインディアンの物だとも思える。白人達は権利を得て入植しているとは言っても、強引な契約によって得られた権利には違いない。インディアンにもささやく必要がある。

14歳のスカーレット・ヨハンソンの演技には驚く。傷ついて母親と口論する時の顔が実に自然だった。うちの娘も似たような顔つきをする。自己を主張する時の「権利~自由意志を守りたい」という戦いの姿勢が見て取れた。

母親とカーボーイの展開は、もしかすると過剰だったかも知れない。叙情的な作品にと思うなら、言いたくても何も言わず、ただ泣いて別れるほうが美しい話になったはず。ダンスくらいは良かったと思う。盛り上がるが、それこそが二人の唯一の愛の場であったと後で観客にわかるくらいがちょうど良い。

子供ともよく口論になる。先日もそうだった。次男が三男の頭をひじで打ちながら、自分の寝場所を広げようとしていたので、紙のパイプで作ったおもちゃで頭をたたいて「頭をたたくならお父さんがたたくぞ!」と怒ったら、泣き出して逃げようとした。

捕まえて、遊び半分で殴ったりしないこと、頭をたたかないこと、ストレスを人に向けないことなどを約束させた。その後、機嫌直しに兄弟いっしょに映画館に連れて行った。次男はふてくされないことが偉い。怒られると自分が子供の頃は数日は会話も嫌だったが、参らないところは凄い。反省の度合いも低いようだが・・・

足を失うような事故は、さすがに精神に影響するはず。なにげなく出歩くことも容易でなくなると考えたら、ぞっとする。「命が助かってよかったね。」などという言葉も本人には白々しく写るだろう。

我が家の子供達も心に傷をもっていることが窺える。自分が子供時代にもトラウマになりそうなことはたくさんあったが、運よく解消できた。でも子供達は、はつらつと問題に対処できていないようだ。心の問題だから、基本的には自分で解決してもらうしかない。

援助を期待されたら応じるくらいはできるが、能動的に解決しようとしても難しい。特に我が家の場合は何をするにしても母親が反対するし、反対だけじゃなく家事をサボタージュしたり子供に毒づいたりして、さらに子供を不安にさせるので、対処は無理。

怒るばかりではだめとは思うが、優しくするだけでもだめ。能動的に動くと母親が荒れて逆効果だし、子供も反発するし、効果的な手を打てない。

希望を持って今やれることをやるという姿勢を促したいが、相手のほうに答えられるだけの自我や自立心がないと理解はできまい。実際にどう話すかは難しい。いかに話すかより、子供自身がいかな情緒を持っているかのほうが大きく、親ができることには限度があるような気がしている。

 

 

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