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2011年4月 2日

小さな命が呼ぶ時(2010)

- 自信に感心 -

ポンペ病という先天異常の子供を抱える夫婦。先のない子供のために科学者と相談したところ、新しい薬を作るベンチャーの起業を持ちかけられる・・・

・・・「ハムナプトラ」シリーズのブレイザーが主演したのに、極めて真面目な映画。ユーモアも少しまじえた語り口で、娯楽性も演出した美しい話になっている。完成度の高い映画だったが、興行的には失敗したらしい。

ハリソン・フォードよりも、いやらしい悪役俳優が科学者役をやるべきではなかったか? 金の亡者で、悪態ばっかりついて主人公を悩ませる偏屈者でもいい。主人公が窮地に陥って、喧嘩ばかりしながら話が進めば、それで映画の感動は深まる。ハリソン・フォードはしょせんはヒーロー役なんで、不適だった。

ブレイザーが適役だったのかも解らない。泣き顔が合う俳優のほうが良くなかったか?メソメソしながら、懸命に戦うくらいでよかったと思う。主人公の涙がないと我々としては感動が薄れるような印象。あえて過去にふざけた役柄をやった俳優を選んだ理由は何だろうか?やさ男が、不屈の努力で子供を救うなんて路線はどうか?

マイオザイムという薬が発売されている。一本10万円近い薬価で、子供の体格によっては、月の薬剤費が軽く100万を越える高い薬。作っているのはジェノザイム社という企業で、日本にも支社があるようだ。この会社は、他にも代謝異常の薬を色々開発している。この会社が映画のモデルになっているらしい。

高額な薬だが、唯一無二の特効薬なら採算が取れる。バイオベンチャー企業の生きる道がある。

理屈は難しくない。遺伝病で欠けている酵素を補うこと。そのための酵素を作り、いかに細胞に取り込ませるか、遺伝子工学の操作は進んでいるので、遺伝子の単離、酵素の大量生産は可能。問題は、開発に要する費用、思い切り。正しい手順でやれるかどうか。間違えば、たちまち計画が破綻してしまう。

映画の中で科学者達が色々登場していた。最近は日本でも大学の教授達が参加した企業体が出るようになってきたが、医者は経営の分野は事務屋に任せる場合が多い気がする。アメリカでは、化学は莫大な財産につながる技術のように考えられているようだ。

経営判断は厳密にならざるをえない。会社の重役が治験対象から主人公の子供を外そうとしたのは、薬の審査をパスするためには必須の条件だった。日本ですらそうかもしれない。万が一開発が遅れたら、審査で蹴られたら、会社が傾いてしまう。無慈悲と思われても、仕方ない対応。

もし私がアメリカの大学にいて儲けになりそうな技術を考えた場合に、それを生かして一勝負したいと考えるだろうか?よほど自信がある画期的な手法なら、まず大企業に売って資金を得るのが現実的。自分で起業するのは、よほどのこと。この映画でも、結局は自分で開発することはできなかった。ある意味では最初の計画は破綻したとも言える。

資金計画は難しい。順調にいくほうが少ない。いつでも会社を売る覚悟が必要だろう。

今、現実的に金になりそうなものの代表は、癌ワクチン、IPS細胞だろうか?癌ワクチンは理屈が簡単で、癌細胞に特異的に発現する物質をいかに特定するかによって勝負が決まる。開発のコストは、人工臓器の開発よりは少なくて済むはず。東大の治験が問題になったらしいが、続けて欲しい。

大学の研究室にいた時期、自分の研究は絶対に金にならないと感じた。金が眼の前にチラつかない場合、野卑な自分のような人物が熱心に研究を続けることは難しい。名誉だけ、博士号だけを狙う意味も解らなかったし、指導教官がいなくなって計画自体があやしくなり、ものにならないままだった。

しかし、癌細胞の核をすりつぶして蛋白を泳動してみたら、細胞ごとに内容が全く違うのでピンときた。同じ系統の細胞のはずなのに、パターンの差が歴然。

まず考えたのは、腫瘍マーカーを探せないかということ。マーカーが見つかれば、その蛋白の合成阻害の可能性を探れる。ワクチンか阻害薬ができたら、その収益はすさまじい金額になる。新しい大学を作れるくらいの規模にもなる。

でも、そうしなかった。未知の領域だし、蛋白に関する技術を持った指導医がいなかったし、興味を持つ上司もいないし、素人の自分で気づくくらいの理論だから、大掛かりな機械を持った企業が数百倍のスピードで研究してきたら、たちうちできない。アイディアを売るしか基本的な戦略はない。

遺伝子関連の事業は、例えばジェネンティック社のようなベンチャーが既に活動していたんで、だいたいの勝算は見える。日本の大学のトップレベルでも追いつけない。外れの研究室で勝負するのは無謀だ。そもそも自分は教授を目指していなかったから、大学を出るしかない運命は最初から見えている。

そのとき本気で勝負していたら自分の勇気を称えたいが、おそらく失敗していただろう。教授も講師達も全員反対するはずだから研究費をどうするという問題がまず出る。テーマを続けるためには蛋白工学のしっかりした研究室に頼んで指導を受けないといけないし、既に頑張っているはずの世界の研究室の中で、癌ワクチンの開発に成功したのは数社に過ぎない現状から考えると、自分に投資してくれる危険を犯す大学、企業はなかったと思える。

仮に理論が正しくても、実際の商品を開発するには資金が必要。いかに正しくても、紆余曲折があるだろう。研究者を取り巻く環境は、日本の研究者が海外に逃げ出すのを見ても想像がつくが、足を引っ張られてばかり。

しかも、家内は研究者を続けることを極端に嫌がるから、離婚を覚悟しないといけない。大金持ちを目指さない限り、普通の医者でいいと思った。そのへんが自分の限界ということ。本物の能力と自信があれば、周囲を説き伏せて勝負もできるだろう。そんな人望がなかった。

ベンチャーを起業した勇気と自信が、結局は成功のカギだったようだ。ただし、失敗する企業家のほうが圧倒的に多いのだから、勝負しないほうがマトモ。この作品の勝負も危なかしかったのでは?思いつきで勝負できる世界ではない。基礎から積み上げた確かな実力がないと勝負はできない。実力があっても大半は失敗する。

 

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