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2011年4月11日

24の瞳(1954)

- マゾ的傑作 -

4月5日の衛星放送で鑑賞。観たのは3回目。

一回目は小学校の講堂に黒いカーテンを使った臨時の鑑賞会で、情操教育の催し物の時。正直言って何も解らないほどひどい映像と音響で、ほとんど理解できないまま終わってしまった。もう一本はゴジラだったか?二回目はDVDで、今回はリマスタリング版の放送。

非常に映像が美しく、一番理解できた。景色を撮影してあるシーンでも充分に鑑賞に耐えられるレベル。小船で海を渡るシーンもスタジオではなかったようだが、ちゃんと写っていた。

感心したのは、主演の高峰の年齢の演じわけ。モダンガール風のさっそうとした娘から、母親として体の使い方が変わった様子などを的確に演じていたことに驚いた。映像が明瞭になって初めて判った。

当時はメイクの技術も限られていたはずだから、純粋に演じ方で表現していたのだろう。何かの本で読んだのだが、当時の高峰は自転車に乗れなかったのを助監督達の努力で無理やり乗せていたらしいのだが、そんなことは微塵も感じさせない堂々たる運転にも感心。

名画の代表のひとつ。ヒロインの魅力と原作の良さ、苦しい時代を乗り越えた時期の皆に共通の感覚などが成功の秘訣だったのか。共感を得るための条件が揃っていた。

この作品を若い人に勧めたものだろうか?センスが古過ぎて、さすがに最後まで観てはくれないかも。恋人といっしょに観る映画とも思えない。画像が美しくなったといっても、さすがに子供には無理では?もはや当時の辛い世相を理解するのは無理では?

エピソードを上手く選んであった。

視力を無くした男が、「自分はこの写真なら見えるんだ。」という話は有名だが、最高に悲しく感情に訴える力があるエピソード。誰でも子供時代は懐かしいものだろうが、好きな先生と過ごした時期は特に心に残るものだ。子供が並ぶ順番や、どんな表情をしているかまで覚えるほど、繰り返し見ていることも想像がつく。

同じ写真を、死にゆく女が繰り返し見ているという話も悲しい。幸福な人生ではなかった人が、自分が最も楽しかった時期を思い出すのは当然。写真を上手く使っていた。当時だから普通なら簡単に写真を撮ったりはしないはずだが、エピソードにするために撮影したことにしたのだろう。

とことん悲しくすることで、我々はマゾめいた満足感を得ることができる。不思議だが、メロドラマは快感につながるのである。人間だけにある感情ではないか?特に貧しい時代を過ごしてきた世代の場合は、感情に訴えるものがある。

音楽の使い方に違和感。BGMとして使いたいのか、シーンの中で合唱させたいのか曖昧なまま。曖昧で構わない場合もあるが、ほとんど意味なく使われているシーンもある。懐かしい唱歌を使ったのは正解だったが、全体を通じての効果的な盛り上げ方をしていたとは思えない。オーケストラを使ったほうが良かった場面も多いと思う。

私の両親よりも少し前の世代の物語。昭和の初期の話だが、自分が子供の頃にも似たような顔つきの少年少女はいたような気がする。田舎では、あんな表情の子供は確かにいた。

子供なりに金銭的な違いには敏感なものだ。「うちは貧乏だから・・・」という自覚は、子供を卑屈にする。深く心が傷つく。豊かな物への強い憧れ、執着のようなものが生じてしまう。病的になる子もいる。あくなき成功欲がつけば、実際に成功する人もいる。

裕福な庄屋の家が傾き、子供は修学旅行に行けなかった。心が傷つく。親が急死して家の仕事をするために学校に行けなくなる。奉公に出る。おそらく当時は珍しくなかったエピソードを織り込んで、不幸のグランドホテル形式というか、全体の流れを作った点に感心する。

時代の流れによって金持ちだった家が廃業するのは、故郷の町でも実際にある。田舎では産業が成立しなくなっているから、旅館、料理屋、雑貨屋などは軒並みシャッターが降りかかる。農業でも林業でも食べていけなくなれば都会に出るしかないので、人口は減り、やがて店と名のつくものは全て衰退していく。

自動車の普及の影響も大きい。隣町にスーパーができれば皆が町内では買わなくなる。店はどんどん経営が傾く。子供の頃にぎわった商店街が寂しくなっているのが悲しい。

当時の小豆島では恐慌などの影響が大きかったのだろうか?漁業はまだ盛んだったはずだから、今はさらに寂しくなっているかもしれない。同級生12人も揃わないのでは?たぶん分校はないだろう。よくて2~4個の瞳があればオンの字。

映画の頃より、もっと悲しくなっているのかも。福島の海岸沿いの町など、今後どうなるのだろうか?数十キロ圏内が無人化するなんて、どんな映画を作っても美談になりようがない。美しい町が再生するなど、今の時点では想像すらできない。

優秀な人物を選んで作ったはずの原発だが、報道を見る限りはお粗末な施設、予見の能力のない計画、対処能力のなさ。紙に書いた問題を解くのは得意だが、予測して対応する能力に欠ける人達、そんな人でないと会社で上役になれない、認可する役所でも同様という日本の伝統を象徴しているような印象。罪は重い。

 

 

 

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