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2011年3月15日

武士の家計簿(2010)

- 生き残り戦略を学びました -

加賀藩士の猪山家は、藩の財務課係長のような存在。折からの給与削減、転勤による出費の増加、交際費などによって財政は危機を迎えていた。そこで猪山家では一大決心をする・・・

実は映画は見損なってしまった。くだらない子供映画を観たために、あっと言う間に公開が終わってしまったのだ。そこで、この感想は、映画鑑賞の感想ではなく、読書感想文になる。

原作は全然脚本になっていない、ほぼ学術書と言えるほどの本。一般人に解るようにくだけた内容になってはいるが、セリフはない。家計簿や手紙を解説してあるだけ。でも面白かった。よく映画化を思いついたと感心。

幕末の武士の物語はいくつかドラマになっていたから、ある程度のイメージはある。誇り高き武士が経済的に困窮して、北海道に移り住む話などは大河ドラマでもあった。やせ我慢にて飯を食べない加藤嘉の浮き出た血管が印象的だった。武家の商売で失敗した例が多かったという歴史の教科書の記憶もある。

乗り越えた家族が、どのような工夫をしたのか興味があったが、詳細な話ではない。運よく仕官できた例、師範になった例などは、親戚の年寄りが自分の父やおじいさんの話として伝えてくれた。我々の父親世代までは、まだ生々しい記憶が残っていた。それでも、「だから耐えるのよ」「だから勉強しないと」という教訓だけが残っていて、実感が沸きにくい話だった。

思えば、その記憶が薄れたことが昨今の教育現場の惨状に関係しているのかも知れない。立身出世のために勉学に勤しむことの意義が、世代が変わり、価値観が変化して薄れてしまったのかも。そうなると真面目に授業を聞くのもアホらしくなる。

この本では、家族が身辺の無駄なものを売り払った品目一覧まで載っている。その細かさが凄い。さっすが財務係。他の武士ではそうはいかなかっただろう。商店なら全ての記録を残すだろうが、武士では難しい。そのような役職にあった人が、政変を乗り越えることが出来たからこそ記録も残ったわけだ。乗り越えられなかったら、まっさきに処分されていたろう。

記録の正確さが、後になってみると価値につながる。

経済的な対処の仕方も面白いが、例えば当時の離婚率が数割といった記載も意外で面白い。昔は子供が授からない場合以外は絶対に離婚などしないと信じていたが、勘違いだったようだ。

結婚前に、お試し期間があったことなども興味深い。ぜひ私の結婚でもそうやって欲しかった。そしたら正体に気づいて、相手を代えていたのに・・・昔の結婚にも理にかなったシステムがあったようだ。封建社会で人権無視のイメージがあったが、明治後に作られたのかも知れない。

さて我が家の家計簿だが、惨憺たるもの。節約のかけらもない。昨年は、ひと夏の遊興費だけで40万くらい使ってしまった。子供4人とお爺ちゃん夫婦、私達夫婦の総勢8人で旅行すると、出て行く金額が半端じゃない。それでも、物足りなかったなどと子供達は言う。

長男、長女の二人とも私立高校に行かせているが、彼らは学費のことを気にしていない。公立に行こうという意欲を持っていなかった。私が高校の頃は修学旅行も遠慮したし、遊興費などゼロに近かった。下宿代が3万円。食費も切り詰めていた。

猪山家が偉いのは、就職のために学業が必須と割り切って、教育費をつきごんでいること。お爺ちゃんが算盤に詳しいので、計算はお爺ちゃんが見ているが、寺子屋にも通わせている。未来の職のために必要な経費を削減していないことに感心する。結果的に、これが生き残りに役立った。

昨今では、子供の給食費を払わない家庭が多いらしい。払えないわけではないのだろうが、金の収支を間違っているのだろう。学校関係の金は払えるように計画性を持ち、景気の変動に耐えられる技能を培わないといけない。戒めになる本である。

クリニックを始める時、自己資金がほとんどゼロなので金策に困ったが、そんな時に家内は挨拶のためのスーツを新調すると言い出した。財布の中に金はないので、泣く泣くそのために金を下ろしにいったが、張り倒してやりたい気持ちだった。

どうせ大赤字なんで、考えようによっては数万円出費が増えても大きな変化ではない。そう考え直して、ハイヨと無愛想に金を渡した。しかし、心意気というものもある。「私もこれだけ辛抱する。」といった姿勢を期待してはいけないのか?

家内は最も金がなかった時期ですら、一回の買い物で軽く一万以上は使っていた。払うのは私。いったい何をお買い上げに?と思って内容を見ると、冷凍食品の山、金額の張るお菓子、必要性に疑問のある嗜好品などなど。

こんなお姫様を養いながら、クリニックを軌道に乗せた自分は猪山家よりも凄い。

猪山家は奥さんも節約していた。着物を処分し、しばらくは着替えを買っていないという記録に驚く。たぶん洗濯している間は、襦袢みたいなもので過ごしていたのか、互いに借りていたのか?スーツを新調する奥さんと、どんだけ違うことか。

収入が少ない時は、とりあえず借金体質からの脱却を図るのが当然。会社や国の財政も、結局は同じはず。「財政出動しないと景気は上向かない。」などと積極財政を勧める学者も多いが、回収できる金額を正確に把握していないように思う。

明らかに社会が発展していく局面では、大きな勝負は正解。借金で借金するような冒険もありえる。でも、デフレの時代、大いなる失職の時代である昨今には、それなりの対処法がある。学ぶべき点は多い。

幕藩体制から明治政府に移るという大変化は、政治形態の変化としては劇的だが、経済的変化の規模としては小さいかも。人口の一割の武士のうち、数割が失職した計算か?大半の農民は少なくとも失職はせず、主人が替わっても農民のままだったはず。

貿易の面では、相当な変化があったと学んだ。鎖国の状態から急に舶来品が入る時代に変わったから、国際収支に関しては大変な変化。でも、農村では基本は自給自足に近かったはず。嗜好品など買えたはずがない。

今日では、目標としては公共事業が削減されつつある。公務員や公的な事務職員は、おそらく江戸時代よりも多いから影響も大きい。財政支出が減れば、全体の金の動きが小さくなるから、変化が急激に来やすいだろう。行政改革で減らしたかのように見えても、半民間で実質は役人と同じという職場が多い。根本改革ができていない分だけ、国の支出の影響を受けやすい。

「こいつら何をやっているのか?」と思えるホワイトカラーがウヨウヨいる。会議が主な仕事の非生産的な職場が多過ぎると、社会経済は力を失うに決まっている。細かい規定をクリアするために、人がたくさん要るシステムは本来は間違っている。

高度なサービスを形成するのは必要で、特にそれが海外との競争力に関係する場合は伸ばさないといけないが、内向きのサービスに力を入れすぎるのは長期的にはマイナス。発展性のないサービスに力を入れすぎたのではないか?

ただし思うのは、無駄なシステムを廃して効率のよい公共システムを本当に作ったら、やはり失業は増える。今の日本の景気では、無駄であっても職場を維持することも大事。無駄と就職のバランスをとりながら改善するのは至難の技だろうが、とにかく急激に変化させないことが実は大事だったと思う。

構造を急激に変化させると悲劇を生む。戦争でもないかぎり、就職先を保障できなかったのが歴史の常。大量解雇によって社会不安が起こらないように、慎重に構造を改革していかないといけない。ラチがあかないように見える日本の政治だが、その点から考えると意外といい線行ってるのかも。

依存から脱却するだけの能力を培っておかないといけない、これも猪山家は教えている。ためになりました。

 

 

 

 

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