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2011年3月12日

プレシャス(2009)

- 手持ちカメラは・・・ -

ヒロインはハーレムで母親と暮らす少女。少女と言っても、体型はビヤダル。父親からのレイプ、妊娠、母親との葛藤、子供は先天異常、自らは肥満、無学無教養など、どん底。彼女に未来はあるのか?

・・・不幸な、醜い少女の物語。ここまで徹底すると逆に素晴らしい設定になる。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」との共通点を感じた。とことん不幸なヒロイン、やさしい協力者、空想の世界に入り込むこと、全体を通す視点、等々。

子供が観れる映画ではなくなっているのが残念。リアルさを出すためには、汚い言葉の応酬や醜い争い、非情な設定が必要だったから、仕方ない。

恋人と観るべき映画かどうかは解らない。たまには真面目に映画鑑賞!とハマって観るためには最高の作品だが、楽しく会話をしたい、盛り上がりたい場合には最悪。ふたりで仲良くしたい時に思い出してはいけない作品。

重苦しいテーマを、娯楽になるよう上手く変換したかのような印象。

世界中の貧民街に、似たような状況の子供がいるはず。主人公ほど悪い状況が揃った子は珍しいかも知れないが、生まれつき悪い環境で育たざるを得ない子供は多いはず。悪い環境の連鎖、伝播もあるだろう。

「テレビを見て食べる。食べて、またテレビを見る。」というセリフがあった。それ以外にやれることもないし、やることもない。そんな環境で育てば、そこから抜け出すのは難しい。生まれつき飛びぬけた能力があれば成功もありえるが・・・

学力は、悪い状況から抜け出すには必須。16歳のネイティヴがアルファベットを習う教室には驚くが、会話が出来ても文字は書けない住民はいるのだろう。テレビをいったいどのように楽しんでいるのか解らない。理解できるところだけ楽しむのか?

Moniku

主人公の母親役は、コメディアンらしい。マシンガンのように悪口雑言を吐いていた。あの罵声、何かというと「ファック、ファッキン」を連発する話、あれは確かにコメディアンに必要な技術(?)だが、この映画の場合は救いようのない悪役に必要だった。

彼女の演技、あの罵詈雑言こそが、この作品の中で最高の要素。アカデミー助演賞に相当すると確かに思う。

教師役は、「デジャブ」にも出演していた美人女優だった。なかなかの存在感。演出の力もあったと思うが、厳しさ、強さ、愛情や弱さなどを短い演技で体現していた。

「オブラを観る?」というセリフがあったが、オブラ・ウィンフリーショーのことか?ナンバーを買うとは日本のナンバースと同じか?宝くじに望みを賭けるのは、他に抜け出す糸口がないことを表していたのか。

私もしっかり買っている。抜け出そうとアガイている。一億当たったら、あくせく働くのはやめようか?などと空想の世界にはまっている。家内に内緒にしないとヤバイなどと、用心深く計画を練っている。

こりゃあ、私は主人公と似たり寄ったりの状況かいな?聞かされる家内のグチも似ている。なんて可哀想な私・・・私の映画を誰か企画しないかなあ。

救いようのない不幸な女性を描く場合に、あまりにリアルにドキュメンタリータッチで描くと、観るのに耐えられない悲惨な作品に仕上がる危険性がある。この作品は、ちゃんと程度をわきまえていた。

気になったのは、手持ちカメラを多用していたこと。焦点や視野をいじり過ぎている気がしたが、効果に疑問を持った。

動きを表現するためには手持ちカメラが有効。ドキュメンタリー調のリアルな映像が期待できる。でも、この作品では激しい動きは少ない。どっしりした視点のほうが効果的だったはず。だからカメラワークには不満あり。

CGらしき映像もあったが、本当に必要だったか疑問。空想の世界を挿入するのは大切だが、古い手法でも充分じゃないか?素人くささを感じた。

 

 

 

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