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2011年1月23日

白鯨(1956)

- テーマは扇動 -

白鯨を追う執念に取り付かれた船長と、船員達が体験する船旅を描いた作品。

1850年代に発表されたという気の遠くなるような昔の文芸作品を題材にしているそうだが、まさか原作を読みたいなどとは思えない。おそらく文章も古めかしいのでは?セリフが文芸調で、想像するに原作はさらに古い文体に違いない。

優れた点と古くて笑ってしまう点が混在した印象。

鯨の模型は、さすがにおかしい。当時の技術では最高レベルの仕事だったんだろうが、ジョーズ以降の映画に登場するリアルな怪物たちとは比べ物にならない。

グレゴリー・ペックが眼を見開いて迫力ある演技を見せていたが、さすがに舞台めいてしらける。もう少し抑えるべきではなかったか?嵐の中で一等航海士と意見を対立させるシーンは、迫力あるシーンだったが。

なぜグレゴリー・ペックが主演したのかもよく解らない。普通ならオーソン・ウェルズがやるべきではないか?キャラクターと合っていなかった。

個人的な印象では、この作品の場合の白鯨は絶対的な存在、自然、神を象徴していると思う。もともと聖書の登場人物をそのままの役割でストーリーに組み込んだ面があるので、神の意志に逆らう人間達の末期を描いたと考えるべきだろう。

人間たちがどのように考え、扇動されていくのかを描いた作品としては、表現のレベルが非常に高い。敬虔なクリスチャンだった一等航海士が、最後には最も扇動する立場に変わってしまう流れは、いかにも象徴的。

ただし、その変遷を観客が納得できるように描いたかと言えば、そうではなかったはず。だからこそ、この作品は興行的に失敗したんだろう。意図は素晴らしかったが、演出、セリフは完璧ではなかった。

モリウチの南洋人の役割も微妙。自分が明日死ぬと悟った後、実際には死んでない。あれはおかしい。白鯨の犠牲になって死に、皆が哀れんで復讐に取り付かれる材料になるべきだった。

スペイン金貨の使い方は良かった。扇動される場合には、当然ながら何かの利益が必要だ。輝く金貨は、エサを象徴していた。

おそらくスタッフは、実社会のあさましさ、容易に扇動される人間を描きたかったんじゃないかと想像する。そうでなければ、白鯨を倒してハッピーエンドに終わらせるはずだ。悲劇がアメリカで受けないことは予想できる。あえてテーマにこだわったに違いない。監督は、たぶん人間の本質などにこだわった人物だったと思う。本人は自由人で奔放な生き方をしたらしいが・・・

テーマの関係で、この作品は家族で楽しめる映画ではない。恋人と観るのも勧められない。観ても楽しくない。

キリスト教精神が浸透しているはずのアメリカ社会で、なぜか正反対の活動に扇動されてしまうことは多い。封建的な面が残る日本では、余計にひどい。

扇動者の迫力、または船長~社長~議員といった立場からの強さに圧倒されてしまう我々の弱さが最も関係しているんだろう。声の大きさで場を取り仕切ってしまう人物は多いものだ。

例えば戦場や商売合戦のような場面では勢いが大事だ。体のことを無視して無茶な営業をかまさないと仕事を取れない場合は、狂気に取り付かれたように仕事する必要がある。でも、休暇も忘れてはいけない。反省会、慰労会も必要だ。

今度、検事総長に就任した人物は珍しい検事らしく、「声の大きさでなく、正しい意見で判断される検察を目指したい。」といった内容のコメントをしたそうだが、本当にめっずらしい人物。よく出世できたものだ。

少なくも日本の医者の世界では、立場を利用して大きな声で大きく間違った方針を立てる人物が目立つ。自分達が科学的に間違った判断をしていないか真摯に検証し続ける姿勢は薄い。真摯な態度のコメントを言おうものなら、ただちに排斥される。

21年の新型インフルエンザに対する対処の仕方を、当時の厚生省のスタッフがコメントした文章が医学雑誌に載っていたが、呆れてしまった。皆が極めて優秀な先生達なんだが、学習バカというか、実地で未体験の場において役立つ基礎的な能力には欠けていると言わざるをえない。視点がずれているので、おそらく間違いを指摘しても懸命に反論して、無理で無駄な対策に終始したがるだろう。結果を真摯に反省することも無理では?

そもそも感染症の専門家ではなく、ウイルス研究者、呼吸器専門家なんかが担当してるようでは、センスが狂っても狂ってることに気がつきにくい。人選を間違っていた。WHOの仕事や、救急現場で働いた人物でないと、実地にそぐわない。ウイルスの研究をやってる博士だから専門家じゃ?という判断で人選したのでは?

想像に過ぎないのだが、データ書き換え事件を起こした大阪地検の特捜部も似たような状況だったのではないか?優秀なメンバー、学歴、キャリア、やる気問題なし。ところが集まると、なぜか間違った判断に引っ張られても修正が効かない。正しさ以外の要因に引っ張られて、グループ全体としての方針が間違ってしまう。

修正が効くということは、多くの場合は優柔不断という印象を与える危険性がある。断言しないと、「何を歯切れの悪い口調で言ってるんだ。」と、発言の信憑性まで疑われる結果になる。言い方には注意しないといけないが、歯切れの良さだけで判断するのが一般的であるのは事実。

そんな社会は没落して当然。常に正しい判断を繰り返さない限り競争に耐えられないはずなんだが、扇動に弱い現実。

 

 

 

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