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2011年1月30日

マーティ(1955)

- 見合い制度が日本を再生! -

主演 アーネスト・ボーグナイン

容姿、体型にコンプレックスを持つ主人公。正直で良心的な性格もあって、女性には縁がない。ダンスホールで、今日も一人たたずむか・・・

正月は昔の名画に限るぜ!ってわけで、マーティ。

素晴らしい構成。演技も素晴らしい。派手ではないが、確かに名画だろう。共演の男友達も最高だった。何かと言えば「・・・丁目に行こうよ。」と誘うセリフもおかしい。

ヒロインは、ベッツィ・ブレアという人で、「エデンの東」のジュリー・ハリスと似ている。彼女と同世代の女優だが、やや演劇が好きそうな夢見がちな表情が違うか?表情が極めて自然で、役にはまっていた。

作品がアカデミー賞を取ったのも頷ける。舞台が先にヒットしたらしいので、やや舞台向きの演技もあったかも知れないが、大仰なしぐさを見る場面は少なく、全体にリアルで好感を持った。

家族で観ることも可能な作品だと思う。テーマとしては子供には全く向かないが。恋人といっしょに見るのは悪くない。一応はコメディなんで、深刻な場面が多くてもおかしいシーンはおかしい。

主人公のボーグナインというと、基本的には悪役俳優である。この作品の後でもヒーロー役に転進したりはしなかった。でも見事な演技者ぶり。確か本当に軍隊を経験し、この作品の主人公と同じような経歴の持ち主だったような気がする。

軍隊に適応した人間は、社会生活に上手く適応できなくても不思議ではない。優秀な兵士は、基本的には野獣の反射神経、麻痺した感情を持っていることになるので、男女間の思いやり、相互理解などの別な要素を思い出すことができないと結婚を維持できない。

ただの肉欲だけ、勢いだけで結婚してしまうことも可能だが、自由意志を尊重するアメリカでは、破談や離婚も早いだろう。

日本の見合い制度は、その点良かった。単純頭の兵士を無理やり結婚させて、しきたりによって身勝手な行為に一定の制限をし、仲が悪くなった男女に対しても簡単に離婚させずに、形式上の夫婦を続けさせるような呪縛があったから、マーティー君でも心配ない世界だった。

結婚させられる娘には気の毒だが、外見が悪くても内面は良い男性に運よくめぐり合えたら、結果的には幸運を得ることも可能なわけである。逆に言えば、見た目だけ良くて「ラッキー!」と思ったイケメンが意外な放蕩男で、親の決めた結婚で悲惨な人生を歩む可能性もあるわけだ。

その場合、親のせいで生涯ひどい目にあったと嘆き、自由恋愛をさせて欲しかったと言うだろう。

見合い制度なら結婚率を維持する効果がある。高齢化や未婚率の問題を解決するためには、強制的に見合いさせるしかない。死んでも嫌というほど嫌いでなければ、しょうがないか・・・と、諦めて結婚してくれるだろう。それで集団の力を維持できる。自由恋愛をさせたら、他の集団との競争に負けてしまう。

親が誰か有力者に見合いを頼んでいてもダメ。ある程度は社会が強制しないといけない。会社、学校、自治体で未婚率が高い集団は、それだけ国の財政や社会保障に負担をかけるわけだから、保険料などで差別して良いかも。自由の代償に高い保険料、低い年金に甘んじるのも良いのかも。

我々日本人のほとんどは軍隊を経験せず、学校から直ぐ会社などに就職して、マーティー君より女性と遭う機会に恵まれている。離婚率、未婚率が年々高くなってはいるが、それでも多数派は結婚してしまう。この作品の主人公の立場の人間は少数派だと思う。

私自身は、30近くになるまで切実に結婚したいとは思わなかった。たぶん男女が深く理解し合うことなど難しいので、やがては夫婦喧嘩か互いに無視することになるだろう。それなら無理することはない、そんな考え。今の若い人たちも、似たような予想によって現実を捉えているのでは?

結婚したい気はあるが面倒だし、ひとりの生活は本当に自由で豊かで、確かにこのまま独身を選ぶ人間も多かろうと感じていた。コンビニに行けば何とか生きていけるだけのものが手に入るから・・・

付き合うなら誰でも良かったというわけではない。結婚する相手に、それなりの理想はあったが、「そんな気立ての良い人はいないよなあ。」と、諦めていた。病院と家の往復では、知り合えるのは看護婦さんくらいだし、仕事場で色気を出すのはロクな女じゃないような気がしていた。容姿に自信はなかったし、自由は欲しかった。マーティ君と似ていたようだ。

女性たちも、結婚すれば育児や介護などで振り回されることは明白なんで、マゾかよほど真面目な人以外は結婚しなくてもいいやと考えても不思議ではない。多少の自由意志は必要だが、ある程度は妥協を強要する見合い制度も良かったんじゃ?結婚しないなら、健康保険料をガッポリ取られ貯金できない、遊べない、そんな環境なら諦めて結婚するだろう。

可哀想だが、そうしないと国家が破綻することは明白。まだ、そこらへんの認識が多数派に至っていない。見合いさせられて、マーティー君のような人物を目の前にした娘さんはガーンとショックを受けて泣き出すかもしれないが・・・

 

 

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