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2010年12月26日

波止場(1954)

監督 エリア・カザン

- 弱さの表現=肯定? -

古い映画だが、DVDで観た映像は非常に鮮明。昔、衛星放送か名画再演で観た時は画面の暗さに困った記憶があるので、何かの処理がしてあると想像。

役者達の演技が非常にリアルで、古さを感じさせない。今のテレビドラマよりもリアルかも知れない。その後の映画やテレビに多大な影響を与えた作品のはずなので、業界ではだいぶ参考にされているのだろうが、リアルさを履き違えた作品のほうが多い。

プライドを持った役者であるマーロン・ブランドと、敵役のリー・J・コップ、脇役のロッド・スタイガーらが中心となって、各々の存在感を保ちながらバランスよく演技していることに驚く。ブランドばっかり際立ったら、作品としておかしくなってしまっただろう。

そう考えると、たぶんロッド・スタイガーこそが、この作品のMVPだったのかも。デブの刑事役のイメージしかなかったが、若い頃の演技は素晴らしかったようだ。

タクシーの中で、兄弟であるブランドとスタイガーが最終的な話し合いをする場面がある。タクシーの中は不自然だと思う。話を運転手に聞かれてはまずいし、銃を使えば運転手まで殺さないといけない。普通は落ち着いた場所を選ぶものだ。でも、この二人のやりとりは最高に出来の良いドラマだった。

マーチン・スコセッシ監督の映画の「レイジング・ブル」の中で、このシーンのセリフをデ・ニーロが繰り返していた。映画人達にとっては相当な影響があったシーンだろう。

ブランドの動きには、時々ステップを無意識に踏む、いかにもボクサーだった連中が気取るような動作が混じっている。よく考えている。あの動きはロッキーでスタローンが真似ていた。話し方まで真似していた。臆面もなく下手くそに真似るところが、スタローンの魅力である。

殴り合いのシーンが何度かあるが、結構リアルであると驚く。当時の映画としては何か異質な感じ。現場に独特の緊張感があったのかもしれない。

個人的に神父役は、ちょっと演技が不自然で、役者らしい演技に留まっているような気がする。でも、それがかえって主人公達に注目が集まる効果を生んでいるのかも知れない。

ヒロインは美しいが、痩せすぎたような印象も受けるし、絶世の美女ではないと思う。わざわざ彼女が選ばれた理由は知らないが、なんとなく清潔感漂う女優で、色気たっぷりでないところが選ばれた理由かも知れない。適役だったと思う。

ギャング達の復讐を恐れて何も言わない人達を、この作品は批判していた。批判の仕方は、今となって考えればなんとなく許しているかのような視点だった。情けないつまらない人間達として突き放すのではなく、しょうがないよねえ、気持ちは解るよとでも言いたげな印象はある。立ち向かおうとする人のほうが、むしろ少数派なんだよと。

その視点は、やがては監督の行為に結びついたのかもしれない。あるいは、優しさを検察等に攻撃されたのかも知れない。鉄の意志で自分の主義主張を貫き通す人物は、寛容の精神を自分にも持っていないのかも。人を許す人は、自分の裏切りも許すのかも。

監督が後年、一種の裏切り行為を働いたのは、その関係か。

もともと作風がハリウッド映画とは異質なもの。まるでプロパガンダ映画のようだ。労働運動や、民主主義を謳っているのだが、考えてみればアメリカでこんな真面目な路線は異質。きっと最初から「あの監督はアカっぽい。」と考える人も多かったのかも。それで攻撃が監督に集中してしまった可能性はある。

ともかく、リアルで演技力のある役者達のドラマが味わえる作品だから、お勧めである。ただし、若い人達は古臭く感じるかも知れない。家族で観て楽しい映画ではない。恋人といっしょに落ち着いた雰囲気で鑑賞したい時にはよい題材だが、笑いたい時には最悪。全然笑えない。

 

 

 

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