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2010年11月 7日

テン(1979)

Derek 

10点満点の完璧な容姿の女性を見つけた男が、女性を追ってドタバタを繰り広げる話。立派な恋人がいるのに、豊かな生活をしているのに、なぜか満足できない妙な作曲家をダドリー・ムーアが演じている。当時のお約束キャラ。

ずっと観たかった。

この作品は宣伝で知っていた。ヒロインのボー・デレクは当時のセックスシンボルで、完璧なスタイルの持ち主だという噂。絶対に観なきゃいけないと思っていたが、不覚にも見過ごしてしまった。なぜか?

1979年の公開となっているが、当時の自分は何をしていたのか?大学の一年生で、アルコール中毒状態だった。くだらない映画はやめようと思ったのか?「地獄の黙示録」と同じ年のようだが、記憶が定かでない。つまり酔っ払っていた日が多かったということか?

問題のボー・デレク嬢だが、前半はセリフがなかった。ヌードも少し披露していたが、奇抜なヘヤスタイルが目立つ。確かに美しい顔でスタイルも抜群だったが、女優として抜きん出た魅力の持ち主かどうかは疑問。もっと優しい笑顔を見せたら、能天気キャラクターとして魅力アップしたのでは?

ハリウッドには天使のような女優が山のようにいるのだが、ほとんどは単なるエキストラで終わるらしい。もっと美形も多いと思う。美しいデレク嬢も、大スターにはなれなかったようだ。

主演のダドリー・ムーアは、他の作品より正常に近いキャラクターだったが、相変わらず酔っ払っている時間が長く、自宅の庭から転げ落ちるシーンは明らかにオーバー過ぎた。あのシーンで坂を登って戻ってくるシーンは削除したほうが良い。転げ落ちるだけで充分。

曲を演奏するシーンがあったのは珍しい。バーの女性は独特の個性の脇役だった。曲を聴きながら浮かべる表情が非常に自然な印象。だらしないが才能だけはある人物を見る時に、あんな表情が浮かびそうだ。好意を感じるんだが、たぶん役には立たないんだな、親密にはなれないんだなという諦観のようなものか?

あのピアノの演奏は、この作品で最高の見所だった。

主人公は40過ぎの作曲家という設定だった。ジュリー・アンドリュースが恋人の女優役で、わりと大人しい役割。色気はデレク嬢が担当していた。その場合、ジュリー様の心情としてはいかがだったろうか?「この色ボケギャルめ!」と、デレクに対抗心を燃やすのだろうか?それとも役割分担と割り切るのか?

途中で向かいの住人が変態的なおかしさを演出してくれる。ホモの作詞家も味がある。真面目な話も織り交ぜ、美しい曲、好意的な友人達など、いろんな要素を持ち込んで、うまく整理してあると思う。脇役のレベルが高いためか、予想よりも完成度が高かった。

さすがに、この作品は子供向きではない。恋人といっしょに観るなら絶対ダメとは思えないが、基本的にはB級の作品のイメージで、爆笑できるシーンも少ないし、ボー・デレクは日本人好みの美人ではないし、やや全体的な魅力に欠けるかも。

中年以降の男には、結構受けるのでは?

 

 

 

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