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2010年10月16日

マイケル・ジャクソン THIS IS IT(2009)

監督 ケニー・オルテガ

世界ツアー「THIS IS IT」のリハーサルに励むマイケル・ジャクソンの最後の姿を描いたメイキングドキュメンタリー映画と思っていたら、趣向を凝らしたミュージカル映画と言うべき、高い完成度の作品だった。

リハーサルを中心に描いていたことは確かで、ステージ上で歌い踊る姿が大半を占めている。でもプロモーション用か、コンサートのバックで写すためか解らないのだが、3D映画を同時に作っているシーンもあり、構成が複雑。

スタッフへのインタビューも少し織り込んである。 コンテストに打ち勝ってダンサーに採用された感動をそのまま写してあり、マイケルへの尊敬や、役を得たことの嬉しさが作品への期待感をも盛り上げてくれるような、材料を上手く集約した上手さを感じる。

この作品やコンサートが最終的にどのような形で完成する予定だったのか解らないが、コンサートのバックに大きなスクリーンを出して、3Dの映像を写しながら、前のほうでステージが展開されるシステムだったのだろうか?この作品はメイキング映画として、記録映画の一部を占める予定だったのか?ミュージックビデオ集として、いろんな曲のビデオをまとめ、その一部にこの作品が入る予定だったのか?

コンサートがポシャッたことで、急遽この映画の形になったはずだが、にわか作りの印象は全くない完成度の高さ。「ハイスクール・ミュージカル」のスタッフが結集すれば、不可能はないということか。どんな悲劇も、美しい物語にまとめることができるようだ。

ダンサー達の動きも確かに超一流。若くて動きが軽快で、しかも柔軟。その中から華のあるタレントを選びぬいたと言うだけのハイレベルさを感じた。

「コーラスライン」の後、役を得るためにオーディションを受ける若者達のドキュメンタリー番組がいくつか作られたが、どれも真剣な表情や、彼らの努力、能力の高さに感動する。あちらのダンサー達は、激しいダンスを繰り返してもパフォーマンスが落ちない。凄い体力を持っている。

我々だと、さすがに1時間も走ればバテる。いかにプロとは言え、ボクサーやサッカー選手なみのスタミナを持つのは容易ではない。しかも、ダンスの場合は関節などに負担がかかるはずだ。故障を抱えているに違いない。それを感じさせない動きを見るだけでも感動もの。

ミュージシャン達も一流。「~のような感じでやってくれ。」と言われると、直ちにやれるだけの能力を持っている。マイケルに対して、要求するところを言葉で表現してくれ、そうすればできると語るキーボード奏者がいたが、自分が要求に答えられるという自信がないと言えないはず。

マイケル自身の動きは、リハーサルだからという面もあるが、若かった頃ほどではないはず。でも、細かいステップや手の動きは適当にやっているように見えて、ちゃんと考えてやっていることに気がつく。我々には理解できないが、なぜそこで手を上げるかにまで理由があるのかも。

サミー・デイビス・Jr.の誕生日のお祝いコンサートの映像を観たことがある。マイケルも出演していたが、高齢のサミー・デイビスは車椅子から立ち上がって、細かいタップダンスを踊ってみせていた。タップダンスに必要な筋肉は、足の前後が中心なので、かなりの高齢者になっても維持が可能なんだろう。

マイケルが踊る時に、単に足を引いてるように思っていた動きが、細かくタップを踏んでいたことに気がついた。広いステージで細かいタップを踏んでも、おそらくダンサー達以外は気がつかないと思う。なぜ細かくステップするかは、たぶん専門家でないと解らないだろう。

ただし、細かいステップが目立つようになったら、ダンサーとしての盛りを過ぎていると思ってよいだろう。名ダンサーは歳をとってからも正確なステップで優雅に踊るが、筋力を感じさせるダンスではなくなる。細かさで補なうんだろう。

ジャンプや体をひねって飛ぶ、急な進路の変更のような動作は衰えが早い。サッカー選手を見れば解りやすい。バレリーナのように常にトレーニングしている人達でも、ゆっくりと衰えていく。それをスムーズな動きでカバーするしかない。マイケルも相当な節制をしていただろうが、キレは落ちている。それに随分やせている。

菜食主義者だと何かで読んだことがある。確かに細い体を維持するためには、それが必要だったかも。薬剤中毒だったらしいとも報道されていた。アーチスト仲間には薬中が多いから、覚せい剤に近い薬物もやっていたのかも知れない。映画の中では言動は全く正常だが。

マイケル・ジャクソンは我々の世代には強烈なインパクトを与えてくれた。「スリラー」のビデオが最も印象深い。子供に見せると、いまだに「凄いね。」と評してくれるほど完成度が高い。曲の調子、楽器の使い方などにも大変なアイディアを持っていたことが解る。R&B調のポップスにハードロック調の要素を上手く盛り込んだテクニックやセンスが良かったのか。

曲に関してはクインシー・ジョーンズらのセンスが効いていたのかも知れない。全くの黒人音楽では全世界的には受けない。プロデューサー達の力もあったんだろう。スリラー以降は、やたら「フォウ!」や「ダッ!」という口癖のような声が目立って、笑いの対象にさえなっていた。アルバムのスリラー以降で記憶に残る曲は少ない。「ブラック・オア・ホワイト」「アー・ユー・ノット・アローン」くらいだろうか?

でもダンスには期待していた。プロモーションビデオで曲とダンスを連動させるので、素晴らしく見ごたえがあった。音楽ビデオを買ったのは、いまだに「スリラー」だけ。それだけの価値を確かに感じた。

「Off the wall」の頃、まだ人気が爆発する前、スクーターのコマーシャルに登場した時期があった。ジャクソン5時代の子供の頃のイメージしかなかったので、あれは誰?という印象だった。

その後の大成功、スキャンダル、理解できない整形手術など、話題は多かったが、2000年頃からは自分の興味の対象外になりつつあった。この作品の中で、劇中劇でハンフリー・ボガートとやりあうシーンがあるが、スポットライトを浴びて浮かび上がったマイケルの白塗りの顔はギャグでしかない。整形などしないで、黒人のヒーローのままでいて欲しかった。

たぶん、何かのセンスがおかしかったのだろう。自分の肌や、育ち方に対するコンプレックスのようなもの、何か性的趣向にも異常なものを感じる。

この作品を観て、自分の若かりし頃を思って感慨にふけってしまう。ほぼ同世代のスターだった彼は才能を感じさせるヒーローだったし、素晴らしいアーチストだったんだと改めて認識。

 

 

 

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